【記事15500】日本海東縁の活断層と地震テクトニクス(東京大学出版会2002年5月27日) |
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以下は出版社(東京大学出版会)からのコメント
大竹政和 編 平朝彦 編 太田陽子 編 ISBN978-4-13-060739-1 発売日:2002年05月27日 判型:B5ページ数:218頁 内容紹介 日本海東縁のテクトニクスは何条かの「歪み集中帯」が担っている.地形・地質,地震,地殻変動などのデータによる「歪み集中帯」の識別結果を比較検討し,本地域のテクトニクスに新たな視点を提起するとともに大地震の発生ポテンシャルの総合的な検討を行う. 主要目次 第I部 日本海東縁とは何か 第1章 日本海東縁の変動と日本列島のテクトニクス 第2章 東アジアのプレート運動と日本海東縁 第3章 東北日本の地殻変動と地震活動 第II部 日本海東縁の活断層と古地震 第4章 海域の変動地形および活断層 第5章 陸域の活断層と古地震 第6章 堆積物に残された古地震 第III部 日本海東縁の歪み集中帯 第7章 新第三紀以降の歪み集中帯 第8章 第四紀以降の歪み集中帯 第9章 明治期以降の歪み集中帯 第10章 日本海東縁の地震活動からみた歪み集中帯【#10】 第IV部 日本海東縁の地震テクトニクス 第11章 日本海東縁変動帯の地震テクトニクスマップ 第12章 日本海東縁の地震発生ポテンシャル |
はじめに 日本海の東縁では,20世紀の半ば以後マグニチュード7.5を超える大地震が続発している。1993年には,この地域では史上最大の北海道南西沖地震(M=7.8)が発生し,死者・行方不明者230人を含む大被害をもたらした。また,秋田県の沖には大地震の空白域の存在も指摘され,この地域の地震テクトニクスを解明することは,地震防災の観点からもきわめて重要な課題となっている。 日本海東縁の新生プレート境界説が発表されたのは1982年のことである(印刷論文となったのは翌83年)。中村一明と小林洋二によるこの画期的な新説を契機に,日本海東縁のテクトニクスの研究は新しい段階に入った。その直後に発生した1983年日本海中部地震(M=7.7)のメカニズムは,大陸側のプレートが東に向かって沈み込みを始めつつあるという彼らの主張とみごとに対応するものであった。 しかし,その10年後に起きた北海道南西沖地震では,震源断層は逆に西傾斜を示し,単純な沈み込みモデルでは説明できないことが明らかになった。一方,プレート境界の位置についても,大地震の生起状況や地殻歪みの分布に基づいて,中村・小林の考えを一部修正する提案もなされてきている。しかし,これらの問題も個別の議論にとどまり,日本海東縁の地震テクトニクスを全面的に再検討する機会を得ないまま10年あまりが経過した。 このようななかで,1994年から5年間,科学技術振興調整費による「日本海東縁部における地震発生ポテンシャル評価に関する総合研究」が実施され,この地域の地震テクトニクスに関わる重要な諸知見が得られた。韓国の水原にGPS観測点が設置され,日本列島と朝鮮半島の相対運動が明らかになったこと,最近約300万年間の地殻短縮量の定量的な推定が行われたこと,新たな活断層の発見により十日町断層の再定義が行われたこと等々である。なかでも,海底の変動地形の詳細が明らかになったことは特筆すべき成果である。これによって,海域と陸域の活構造を統一的な視点から俯瞰することも可能となった。一方,GPS観測の進展に伴って地殻歪みの高精度のデータが蓄積されつつあり,日本海東縁の地震テクトニクスを全面的に再検討する条件が整ってきた。 本書は,上に述べた総合研究の成果を踏まえ,さらに日本海東縁の地震テクトニクスに関する最新の知見を集成して編まれたものである。ここには,地形・地質,地下構造,プレート運動,地殻変動,地震活動等,広い分野にわたる最新の研究成果が網羅されている。さらに,この地域の地震発生ポテンシャルの評価も試みられている。 しかし,その内容は各分野の研究成果の単なる寄せ集めではない。執筆者たちは,総合研究の途上で分野を越えた真筆な議論を闘わせ,日本海東縁のテクトニクスについて統一したイメージを醸成してきた。そのなかで,日本海東縁に存在するのは海溝軸のような単純なプレート境界ではなく,プレートの相対運動は何条かの「歪み集中帯」によって担われているとの共通理解に達した。また,この歪み集中帯は,大局的には日本海拡大時のテクトニクスによって規定されていることも明らかになった。 歪み集中帯は,地質・地形,明治期以来の測地測量,GPS観測,震源分布といった多様なデータに基づいて識別される。これらの結果を比較検討することにより,各手法が代表する数百万年から数年のさまざまな時間スケールで地殻変形の状況を捉えることが可能になった。この新しい方法論が本書全体を貫く背骨となっている。 本書は,大きくみて4つの部分から構成されている。第T部では,日本海東縁のテクトニクスの大局的な枠組みとその特徴を記述する。各章では,構造発達史,プレート運動,地殻構造,地震活動が取り上げられている。第TT部では,地質・地形学的方法を駆使して日本海東縁の活断層と活構造の実体を明らかにし,また,津波堆積物から古地震を解明することを試みる。第TTT部では,歪み集中帯の概念を提出し,百万年オーダーから年オーダーのさまざまな時間スケールでみた歪み集中帯を描像する。第TX部では,以上の成果を素材として集成された日本海東縁の総合的なテクトニクスマップを提示する。また,これに基づいて大地震の発生ポテンシャルについて総合的な検討を行う。 以上を通じて,詳しい個別論と同時に,読者が日本海東縁の地震テクトニクスの全体像を鮮明に捉えることができるように努めた。もちろん,日本海東縁の主要な問題がここですべて解明し尽くされたわけではない。日本海東縁でのプレート収束速度には,まだ少なからぬ不確定さが残されている。新潟県から長野県に至る歪み集中帯には,なお未確認の活断層が存在する可能性がある。海域については,現在の地殻変動の状況はほとんど不明のまま残されている。これら残された問題の解決は将来に委ねなければならない。しかし,今後の研究の発展方向を考えるうえで,本書はその基本的な視座を与えることができたと考えている。 読者は,本書を読み進めるなかで,日本海東縁の地震テクトニクスは東北日本のローカルな問題にとどまらず,東北アジアのテクトニクスと深く結びついていることを見出すだろう。本州弧についてみても,日本海東縁の変動帯がさらに西日本まで延びている可能性がある。今後,東北アジア全体を含む広い視点から,さらに議論が深められていくことを期待したい。 われわれは,地震テクトニクス研究における関係分野間の協同研究の重要さを痛感し,日本海東縁という具体的なフィールドを通して異分野間の対話と討論を重ねてきた。その指向性と努力が十分結実しているか否かは読者諸賢のご批判を待たねばならない。 合計13人の執筆者は,いずれもそれぞれの分野で研究の第一線にあり,多忙な日程の合間を縫っての執筆となった。刊行に漕ぎつけることができたのも,東京大学出版会の小松美加・岸純青両氏の忍耐強い督励と献身的な努力によるものと言っても過言ではない。心から感謝申し上げたい。 2002年2月 大竹政和 平朝彦 太田陽子 |
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(2)日本海東縁の浅い地震 すでに述べたように,日本海東縁に沿って大地震が帯状に発生している.主な地震を表3.1に示す.日本海東縁で発生したこれらの大地震は,太平洋下のプレート境界地震のように必ずしも1枚の面で表されるようなプレート境界面で起こっているわけではない(第TTT部参照).ただし,衝突している2つのプレートの収束を担う,つまり大地震が起こる場所は,応力が集中しやすく強度の弱い場所であると考えられる. 図3.3をみると,1993年北海道南西沖地震(M7.8)が,海洋性地殻から大陸性地殻へと地殻の厚さが急変する場所で発生したことがわかる.同様に,1983年日本海中部地震(M7.7)の場合も,地殻の厚さが急変する場所で発生した.図3.3に示した地殻構造でみられるように,地殻の厚さが急激に厚くなる場所は水深が急激に浅くなる場所に対応している.この関係は一般的に成り立っていると考えられるので,地殻構造が調べられていない場合でも,地形(水深)から地殻構造をおおまかにであれば推定することができよう.そのような観点で,大地震の震源域を地形と比較してみると(図3.8),1983年日本海中部地震と1993年北海道南西沖地震の震源域(断層面)は,日本海盆の東縁の水深が急激に浅くなり始める(地殻が急激に厚くなり始める)場所に沿って,南北に分布していることがわかる.1940年積丹半島沖地震(M7.5)の場合も同様に水深が急変している場所に沿って断層面が分布しているようにみえる.地殻の厚さが急変する場所は,応力集中が起きやすいので,そこで大地震が発生し,結果としてプレート収束の主たる部分を担っているのであろう.その意味で地殻構造との対応関係が比較的明瞭である. 一方,さらに南にいくと,このような対応関係はみられなくなる.図3.8でみられるように,1833年酒田沖地震(M7.8),1964年新潟地震(M7.5)の断層面は,1994年北海道南西沖地震,1983年日本海中部地震の断層面で形成される南北に延びた帯状の領域から少し東に偏移して,再び南北に延びる帯状の分布をしている.これらの地震の震源域では,水深の変化が小さいので,地殻の厚さは急変していないと推測される.むしろ,その80km程度西方の大和海盆の東縁に沿っての領域で急変していると考えられる.この領域では,大地震の発生は知られていないものの,現在の微小地震活動は比較的活発である.図3.7で1983年日本海中部地震の震源域の南端から佐渡にかけての帯状の分布がそれで,この領域でもプレートの収束の一部を担っていることを示唆する. (中略) |
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(中略)
4.3 圧縮応力によって形成された地形と構造 (1)地形 北海道から東北日本が接する日本海東縁は,日本海の他の海域とは異なり,波長の短い海嶺群が発達することによって特徴づけられる.これらの海嶺群は,大和海盆や大和海嶺で代表される北東−南西方向の構造とは異なり,南北から北北東−南南西方向の走向を示す(図4.1).このような地形は後述するように,東西圧縮応力によって形成された摺曲構造を示している(図4.4).日本海東縁の地理的範囲の定義は明確でないが,東西圧縮を原因とする褶曲が分布する範囲であるとするならば,その範囲は,南端が富山トラフであり,北端は武蔵堆,礼文島から,サハリンへと続いている.西縁は,佐渡海嶺,松前海台および奥尻海嶺の西縁とほぼ一致する.この日本海東縁は,日本海の主要構成要素である北東−南西ないし東西方向の走向をもつ日本海盆,大和海嶺,大和海盆と斜交して接している. 日本海東縁は,大和海盆の東縁に接する佐渡海嶺から東北日本の海岸に至る大陸斜面からなる南部,日本海盆に接する奥尻海嶺を中心とする中部,そして北海道西岸沖の北東部の3つの海域に大きく分けることができる(岡村ほか,1998).以下に,日本海東縁の基本的な地質構造について述べたのち,これらの区分した海域ごとの圧縮を原因とする地形,地質構造について概観することとする. |
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12.4 近未来の地震発生ポテンシャル
この節では,今後百年程度以内の近未来の大地震について検討する.地震発生ポテンシャルの評価にあたっては,前節の超長期的評価を踏まえ,さらに明治期以後の歪み集中帯(第9章)および近年の大地震の生起状況を参照しつつ検討を行う. 日本海東縁の全域を通じて,主地震帯は最も活動度の高い注目すべきゾーンである.この付近でのオホーツクプレートとアムールプレートの収束速度は,Wei and Seno(1998)のモデルによれば0.7−1.5cm/年程度と推定され(図2.2),150−300年間でM7.5の地震の断層すべり量に匹敵する地殻短縮が生じることになる.プレート境界の地震カップリング,プレート運動の−部が他の歪み集中帯で消費されることを考慮に入れても,主地震帯の大地震は数百年のサイクルで繰り返すと考えねばならない. 主地震帯の海域部について,ここに発生した大地震の時系列をプロットすると図12.2(a)のようになる.20世紀に入ってから,大地震の発生頻度が加速度的に高まっていることがわかる.この時系列のパターンは,1973年根室半島沖地震(M7.4)に至るまでの千島−日本海溝沿いの大地震の生起状況と酷似し(図12.2(b)),日本海東縁に次の大地震が迫りつつあることを示唆する. 図12.3に,主地震帯に発生した大地震の震源域を示す.近年の地震については代表的な断層モデルが,1847年善光寺地震(M7.4)については地震断層の出現範囲が示されている.また,M7には至らなかったが,1828年越後三条地震(M6.9)の震源域も宇佐美(1996)の震度分布から推定したものを示した. 図12.4は,これらの震源断層ないし震源域の長径Lkm)を地震規模Mに対してプロットしたものである.この図からMに対するLの回帰式: log L = 0.67M−3.07 (12.1) が得られる.ただし,1847年善光寺地震の断層長は,過小に見積もられている可能性が高いので統計から除外した.この関係式は,断層パラメターの相似則を仮定して日本全国のデータから求めた 式: log L=0.5M−1.88 (12.2) (佐藤,1989;図12.4の破線)とは若干異なっている.しかし,日本海東緑の地域性も考慮して,下で述べる地震規模の評価には式(12.1)のLとMの関係を用いることにする. 図12.3には,近年の大地震の未破壊領域がA−Dの記号で示されている.これらの大地震のギャツプ(第1種地震空白域)は,近未来の地震発生ポテンシャルの考察にあたって特に注目すべき領域である.以下に,これら各区間における近未来の地震発生ポテンシャルを個別に検討し,あわせて周辺地域についても言及する. |
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(中略) (3)新潟一長野地域(ギャップD) 新潟市付近から長野県北部に至る信濃川,頸城丘陵に沿う地域では,地質学的時間スケールの歪み集中帯と明治期以後の歪み集中帯が顕著に重なり合っている.この地域では,最近200年以内に北端部で1964年新潟地震(M7.5),南端部では1847年善光寺地震(M7.4)が発生している.両地震の震源域に挟まれる全長約140kmの区間(ギャップD)は,近未来の地震発生ポテンシャルがきわめて高い地域として,特別の注意を払う必要がある. もし,この区間全体が一時に破断すれば,式(12.1)から地震の規模はM7 3/4程度となる.しかし,過去の地震の生起状況からみて,このような巨大な単一地震が発生することは予期しにくい.D領域の中央付近に位置する長岡市北方で,約170年前に越後三条地震(M6.9)が発生しており,この震源域が再び大破断を迎えるのは次の地震サイクルとなるだろう.したがって,D領域に蓄積された歪みエネルギーは,少なくとも越後三条地震以北と以南の2つの区間に分割して放出されるものと期待される.北側は新潟市から三条市北方に至る約40kmの区間,南側は長岡市付近から十日町を経て新潟・長野県境に至る約60kmの区間である.区間長に相当する地震の規模は,式(12.1)からそれぞれM7,M7 1/4程度となる. 北側の区間を含む新潟−長岡付近については,かねてから低地震活動域(第2種,第3種地震空白域)の存在が指摘されている(図12.5).しかし,その範囲は使用した地震の規模,期間などによって異なり,必ずしも統−したイメージが得られているわけではない.今後,この地域の地震活動と地殻変動の変化に細心の注意を払っていく必要がある. |
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(中略) 12.5 まとめ この章では,歪み集中帯という新しい概念を指針として,日本海東縁の地震発生ポテンシャルの評価を試みた。今後,ほかの地域についても同様の検討が試みられてよい。評価結果は,長期的な地震防災計画,地震予知のための観測計画などを策定する際に,基礎的な情報を与えるものと期待される。しかし,ここで提示したポテンシャル評価は定性的な段階にとどまっており,まだ初歩的なものといわざるをえない。定量的な評価に進むためには,より詳細なデータの蓄積とその総合的な分析が求められる。 日本海東縁の海域部については,近未来の地震発生ポテンシャルが特に高い場所として,秋田県沖の大地震のギャップに注意を促した。しかし,想定される震源域として2つの候補を指摘したものの,これを1つに絞り込むことはできなかった。その最大の理由は,海底下での歪みの進行状況が不明なことにある。海底の地殻変動を連続的に観測する技術の開発が進み,早期に実海域設置が実現されるよう期待する。 陸域については,新潟市付近から新潟・長野県境付近に至るギャップDに最大の注意を払う必要がある。この地域では,地質学的な時間スケールでみても最近100年程度の時間スケールでみても歪みが顕著に進行しており,活断層の集中も著しい。しかし,最近の調査・研究で十日町断層が再定義されたように(5.2節参照),活断層の調査もまだ十分とはいいがたい。来るべき大地震の地震像をより明確にするために,地形・地質学的方法,地球物理学的方法を結合した総合的な調査研究を早急に進める必要がある。 今後のより基本的な問題としては,歪み集中帯に基づく地震発生ポテンシャル評価がどこまで有効か,その近未来の大地震に対する適用性を検証する課題が残されている。現在歪み速度が大きい領域では,地殻の塑性変形が支配的で応力の蓄積がむしろ緩慢である可能性もありうるからである。この間題に答えるためには,地殻の力学過程の理解をさらに深める必要がある。特に,大地震の準備過程における活断層深部の振る舞いを解明することがその重要な鍵となるだろう. |
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