【記事37800】島村英紀 『火山入門――日本誕生から破局噴火まで』 「前書き」と「目次」と「おわりに」と、読者からの反響(NHK2015年5月1日)
 
参照元
島村英紀 『火山入門――日本誕生から破局噴火まで』 「前書き」と「目次」と「おわりに」と、読者からの反響

※後書き部分を抜粋
              この本の後書き

 フランス・パリ大学の理学部に行くと、廊下の壁いっぱいに火山の噴火の大きなカラー写真が貼ってある。

 フランス本土には火山はない。しかしパリ大学の地球物理学教室には多くの火山学者がいて、火山にあこがれながら研究をしているのである。

 じつはフランスの領土には火山はいくつもある。たとえばアフリカの東、マダガスカルのさらに沖にあるレユニオン島の南東部には火山活動のある標高2631メートルのピトン・ドゥ・ラ・フルネーズ山がある。

 レユニオン島はフランスの海外県で面積2500平方キロメートルあまりもある大きな火山島だ。人口も85万人いる。

 この火山のマグマは地球深部のホットスポットから出てきたもので、このホットスポットは、かつてインド亜大陸が上を通過したときに洪水玄武岩を噴出してデカン高原を作った。

 また同じくフランスの海外県であるカリブ海のマルティニーク島やガダルーペ島にもそれぞれプレー火山やスフリエール火山があって、この本に書いてきたように何度も噴火している。

 火山で災害を受けた人々には申し訳ないが、火山噴火は、地球が生きて動いている、そのもっとも象徴的な活動なのである。地球は生まれてから46億年の間、二度と同じ姿になったことはない。それは地球の内部がまだ熱くて溶けていることが理由である。いわば、地球は生きて動いているのだ。

 地震も、もちろん地球が生きて動いている活動のひとつである。しかし、地震は一瞬にして終わってしまうし、噴火のように目の前でダイナミックな光景が広がるわけではない。フランス人に限らず、世界の火山学者は火山活動や「地球の息吹」にあこがれて研究を進めている科学者が多いのである。

 だが一方で、いちばん危険な研究に従事している科学者は火山学者に違いない。私が知っているだけでも何人もの火山学者が火山で命を落としている。

 たとえばフランス人のカティア・クラフトと彼女の夫モーリス・クラフトの夫妻は1991年に雲仙普賢岳で火砕流に巻き込まれて亡くなった。夫妻は火山の写真や映画を撮影するパイオニアで、危険な溶岩流の目の前まで行って火山の映像を記録することで有名な科学者だった。

 米国西岸にあるセントヘレンズ山の1980年の噴火でも、定点観測をしていた米国のデイヴィッド・ジョンストン博士が噴火で死亡した。

(写真省略)
 またパプアニューギニアのラバウルにあるタブルブル火山は1997年の私の滞在中に噴火した(右の写真)が、その数日前には私の知人であるスペインの火山学者が噴気ガスを採取するためにここの山頂に登っていた。危ないところだった。このほか火山学者が噴火の被害を間一髪でまぬがれた例は多い。

 研究の相手が火山であり、そのなかでも噴火は最大の研究テーマでもあるわけだから、どうしても噴火口の近くに行かなければならない。予知できない大噴火が目の前で起きたら犠牲になってしまうことが多いのである。

 火山学者が噴火口に近づかなければいけない理由はいくつもある。噴火から出てきた火山灰や火山ガスを採取して、その成分を調べることは火山を研究するイロハのイだ。これによって2014年9月の御嶽山噴火が水蒸気爆発だったことも、同年11月の阿蘇山の噴火がもっと段階が上がったマグマ噴火だったことも分かった。御嶽山が噴火したときは、その数時間後に火山地質学者は東京を発って現地に向かっていた。

 学者が火山に近づかなければいけない理由はそのほか、火山性地震を調べるための地震計やマグマの動きにともなう山体膨張を測る傾斜計の設置もある。写真やビデオの記録ももちろんである。

 火山灰はたくさんのことを物語ってくれる。火山とその噴火の段階ごとに特徴があり、グリーンランドで氷河のボーリングをしたときに、1783年の浅間山の天明噴火の火山灰が見つかった。地球を半周してここまで達していたのだ。

 ところで、火山学者の危険はそれだけではない。知人のオーストラリア人の火山学者は長年の研究生活で火山灰を吸い込んでじん肺になってしまった。

 じん肺は鉱山や炭坑の労働者に多い職業病で、細かい岩や石炭の粉を吸い込むことで起きる。数年から30年もたってから発病することもあり、いったん発病したら治せない進行性の厄介な病いだ。火山灰は細かい岩の粉だから、同じじん肺を起こしたのである。

 じん肺は火山学者の職業病のようなものなのである。私も国内だけではなくパプアニューギニアやアゾレス諸島やアイスランドで、火山灰を吸い込んでしまったに違いない。

 このほか、水銀など、有毒な火山ガスを吸い込む危険も高い。たとえばハワイにある火山観測所に勤務する研究者には厳しい雇用契約が待っている。それは、2年を越えて研究を続けようと思ったら、健康を損ねても雇用者である米国政府は責任を負わない、という契約にサインしなければならないことだ。これは火山から出て来ている水銀の蒸気のせいだ。

 自分の研究をやり遂げるのか、あるいは自分の健康を守るのか、研究者は選択を迫られるのである。

 旅行保険の規約には、登山家やレーシングドライバーを除外する規定がある。幸い、いまのところは地球物理学者は除外されていない。しかし、もしかしたら、保険会社は、ひそかに統計を取り始めているのではないだろうか。

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