【記事73821】好漁場「大和堆」をめぐる運命のいたずら(島村英紀2018年9月7日)
 
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好漁場「大和堆」をめぐる運命のいたずら

 能登半島のはるか沖に排他的経済水域(EEZ)の境がある。この漁場「大和堆(やまとたい)」周辺海域で海上保安庁は、5月から8月までに北朝鮮の漁船1000隻以上へ退去警告し、360隻あまりに強力な放水を行った。
 魚は平らな深海ではなく、浅くてゴツゴツしたところに集まる習性がある。対馬暖流や湧昇流に乗ってエサになるプランクトンや小魚が集まってきたり、天敵から身体を隠す場所があるからだ。
 日本海は最深部が3700メートルもある深海で、中央部にある浅所が大和堆だ。いちばん浅いところは200メートルあまりしかない。深海底から富士山のようにそびえている。それゆえ、魚やイカが集まって、好漁場になっている。
 地球物理学から言えば、大和堆は、日本列島が大陸から別れたときの大陸の「端切れ」だ。大和堆は日本列島とともに大陸の東の端だったのである。
 約2000万年前にユーラシア大陸の東の端にひび割れが走り、幅が狭い日本海が生まれた。このことによって日本列島が誕生し、その後、日本海がどんどん大きくなっていまの日本列島の位置と形になった。
 2000万年というと随分古いようだが、地球の歴史を1日にたとえれば、わずか6分前に生まれたことになる。ほやほやの歴史しかないのが日本なのである。
 その後、日本列島に人が住み着いて、さらにその後、排他的経済水域が設定された。
 こうして、日本海の中央部だが日本から200海里(370キロ)以内だった大和堆が日本のものになったものだ。もし、この端切れが遠ければ、日本の排他的経済水域にはならなかっただろう。 ここは日本からも北朝鮮からも300キロ以上も離れている。そこにやってきている北朝鮮の漁船は長さ5〜10メートルほどの小型の木造船だ。船室や船橋もないボートなみの船さえ多い。しかも老朽化している。
 この前の冬に遭難して日本の各地の沿岸に打ち上げられた北朝鮮の多くの木造船もこの仲間だ。日本海の中部で遭難して漂流してきたに違いない。
 大和堆に集まる小さな木造船に冷蔵設備はない。イカが腐らないように現場でスルメ(干しイカ)にしている。そこに放水することでスルメを台無しにしてしまう。海上保安庁のヘリコプターに気付いた北朝鮮の漁民が手を合わせ、「海域を離れる」といった可哀想な仕草をしたのも見受けられたという。
 そもそも日本海でのイカの漁獲量は年々減っている。この10年で最も多かった2011年と比べると2017年は4分の1になってしまった。日本海には限らない。道南の太平洋や函館沖のイカも水揚げが記録的不漁だった昨年をさらに下回っている。ただでさえ減っているので、日本の漁民は外国の漁船にピリピリしているのだ。
 日本と北朝鮮の間のトラブルには限らない。地球物理学者から見れば、たまたまの運命のいたずらの結果、世界各地の海で排他的経済水域をめぐる悲劇が起きているのだ。
 地球はなかなかの罪作りなのである。

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