【記事63220】「伊方原発の運転差し止め」を決めたベテラン判事の本音を読み解く(現代ビジネス2017年12月19日)
 
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「伊方原発の運転差し止め」を決めたベテラン判事の本音を読み解く


広島高裁の衝撃の判決

 広島高裁の野々上友之裁判長は12月13日、原子力発電所を持つ全国の電力会社を震え上がらせる決定を下した。
 四国電力の伊方原発の運転再開を差し止めるとした仮処分で、130km離れた阿蘇カルデラが全国で1万年に1回程度とされる「VEI(火山爆発指数)7級」の「破局的噴火」を起こす可能性を指摘、原発立地として不適当なだけでなく、十分な噴火対策を講じていないことは国の原子力規制委員会の審査上の不備だと断じたのだ。
 そのうえで、そんな審査をパスしても四国電力が同原発の安全性を証明したことにはならないとして、下級審の判断を覆した。
 決定は衝撃をもって受け止められた。同原発の恒久的な処分が争われている下級審(広島地裁)での係争の行方や、全国の裁判所の原発訴訟に大きな影響を与えかねないとみられるためで、福島第一原発事故後バラバラになっていた電力業界が一転、水面下で団結を模索し始めたようだ。
 筆者の取材にも「全社を挙げて、四国電力を支援していく」(有力電力会社)と明かすところがあった。
 だが、筆者が重視したいのは、12月20日に退官を控えていた、この道36年の大ベテラン判事が、誰もが見落としていた原子力規制委員会のルールの盲点を突きながら、肝心の運転差し止め期間を「平成30年9月30日まで」とあえて9ヵ月あまりの短期間に限定した点だ。
 筆者には、その点にこそ、恒常的な原発の運転停止がもたらす電力会社経営や日本経済への重い負担を十分に承知しつつ、選挙のたびに脱原発とのニュアンスの公約を掲げながら一向に抜本的な脱原発へのロードマップを構築せず、なし崩しの原発存続状態の安倍政権に猛省を促そうという硬骨の法律家の信念が込められている気がしてならない。
 広島高裁の決定文は実に400ページを超す力作だ。
 争点を、(1)司法審査の在り方、(2)新規制基準の合理性に関する総論、(3)新規制基準の合理性に関する各論、(4)保全の必要性、(5)担保金の額――の5分野とし、このうちBの新規制基準の合理性に関する各論を、(ア)基準地震動策定の合理性、(イ)耐震設計における重要度分類の合理性、(ウ)使用済燃料ピット等に係る安全性、(エ)地すべりと液状化現象による危険性、(オ)制御棒挿入に係る危険性、(カ)基準津波策定の合理性、(キ)火山事象の影響による危険性、(ク)シビアアクシデント対策の合理性、(ケ)テロ対策の合理性――の9項目に整理。
 そして、この5分野9項目のうち、たった1項目を除いて、伊方原発の運転を差し止める仮処分の根拠になるものはないと断定した。それが、火山の影響だ。
 現在の火山学の知見では、阿蘇カルデラの火山活動の可能性が十分小さいと言えず、噴火規模の推定もできないことから、約9万年前に起きた過去最大の噴火VEI7を想定して、伊方原発の立地の適切性を評価せざるを得ない、と決定は指摘。
 四国電力が行った地質調査や火砕流シミュレーションから、火砕流が原発の敷地に到達する可能性が小さいと言えないので、原発の立地として伊方原発は不適切だと断じたのだ。
 加えて、下級審が、そのような規模の噴火が原発の運用期間中に発生する可能性が示されない限り、安全確保策を示さなくても問題ないと差し止め請求を棄却したのは誤りで、司法がそのような限定的な解釈をすることは許されないとも述べている。
 さらに、立地が可能とされた場合、検証することになっている噴火の影響評価でVEI7より1ランク低いVEI6の最小噴火を想定しても、四国電力が想定した大分県の九重山(伊方原発から約108km)の約5万年前の噴火(九重第一軽石)ではなく、阿蘇カルデラ(同約130km)の噴火を検証すると、マグマなどの噴出量は四国電力の想定のほぼ2倍になるので、伊方原発が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断は不合理だとも決めつけている。

電力会社の危機感

 こうした論証を経て、伊方原発の運転を差し止める仮処分を下す一方で、「本件は、証拠調べの手続に制約のある仮処分」であり、「火山事象の影響による危険性の評価について、現在係属中の本案訴訟で裁判所が当裁判所と異なる判断をする可能性もある」として、「四国電力に運転停止を命じる期間は、平成30年9月30日までと定める」と期間を限定した。
 裁判所のヒエラルキーを勘案すると、期間限定に関する広島高裁の言い様は、下級審にフリーハンドを与えたものとは思えない。むしろ、同高裁の論理だてを熟考するよう下級審の判事にプレッシャーを与えたものと解釈した方が素直だろう。
 また、後述するが、原発再稼働の是非の判断を原子力規制委員会に丸投げにして、選挙のたびに脱原発が基本政策のような印象を有権者に与えながら、一向に脱原発や縮原発の戦略を描こうとしない安倍政権にも圧力をかけたものと思われてならない。
 仮処分が電力各社に与えた衝撃も大きい。出張先を本拠地とする電力会社を取材した。予想した通り、この電力会社の幹部は、深い苦悩の色を浮かべて、次のような危機感を吐露した。
 「日本列島全体で発生の確率が『1万年に1回程度』とされる超巨大噴火の可能性を根拠に立地の是非を論じたら、日本中探しても原発を建設できる土地などない。わずか40〜60年という耐用期間中に、そうした超巨大噴火が原発を直撃する確率となるとほぼゼロに近いのに、あまりに乱暴な判断ではないのか」
 「こうなると四国電力1社の問題にとどまらない。まずは関西電力がマスコミ対応などを含めて全面的なサポートに入るだろうが、これは原子力発電所を保有する電力会社に共通の問題である。われわれは一致団結して、社会的な理解を求めていかなければならない」――といった具合である。
 電力会社の苦悩は、まったく理解できない話ではない。というのは、大津地裁が2016年3月に、関西電力の高浜原発を対象に初めて稼働中の原子力発電所の運転を差し止める仮処分を下し、そのほぼ1年後の今年3月に大阪高裁が仮処分を撤回するまで続いた「原発運転停止→電力会社経営の悪化」という悪夢の構図が蘇りかねないからだ。
 伊方原発の運転差し止めの仮処分を求める訴訟は、もともと今年3月の広島地裁の判断で四国電力が勝訴しただけでなく、今年7月の松山地裁の原審でも四国電力が勝訴していた。
 さらに今年6月には、玄海原発の運転差し止めを求める仮処分訴訟で、九州電力が勝っていた。今回の仮処分によって、こうした電力会社勝訴の流れが断ち切られかねないと、電力各社はショックを受けているのである。

原発政策の抜本的見直しを

 原発問題を継続的に取材してきて、6年9ヵ月前の福島第一原発事故から時間が経つに従い、多くの電力会社は、あの事故以前と同じ陣容の原発を保持したいとも、保持できるとも考えないようになったと実感している。
 廃炉と引き換えに政府から様々な政策的譲歩を引き出したいという思いや、地域によって過疎が進み雇用を生む産業が原発ぐらいしかないので地元への配慮から廃炉を言い出せないといった個別の事情はそれぞれにあるが、人口減少に伴う長期的な電力需要の減少と、あの大事故後、高騰を続ける安全対策コストを勘案すれば、原発をすべて維持しようとすること自体が経営的に採算の合わない話になっているのだ。
 大株主の経済産業省の意向でなんとしても柏崎刈羽原発を再稼働したい東京電力と、企業破たんを避けるために東海第2原発を再稼働したい日本原子力発電の2社を除けば、それが原発を取り巻く現実なのだ。
 とはいえ、平均で1基当たり3000億円前後を投じて建設した原発をいきなりすべて廃炉にするのは、発生する特別損失の処理だけで企業の存続を危うくしかねない。
 そこで、比較的、営業運転開始からの歴史が浅く、安全対策のための追加コストが軽微なところを選んで、原則40年の運転期間を20年延ばして60年としたうえで、少しでも多く過去に投下したコストを回収しておきたいというのが、そうした電力会社の本音と言ってよいだろう。
 福島第一原発事故前は日本に50基以上の原発が存在したが、30年後には少なければ1〜2基、多くて5〜10基くらいしか、日本に原発が残らないかもしれない。自らは決して口にできないが、それが電力会社の本音だと筆者は取材で感じている。
 そんな電力会社の衝撃緩和策としての最小限の原発稼働のシナリオを粉々に打ち砕き、各社の収益を圧迫して、最終的に経営危機に追い込みかねない、そんな悪夢のシナリオとして、広島高裁の仮処分が下ったというのが、電力各社の受け止め方となっている。
 そこで求められるのが、広島高裁の野々上裁判長の目から見ても納得できるであろう、政府主導の脱原発もしくは縮原発の明確な青写真作りである。
 安倍政権は2012年12月の発足以来、ほぼ6年にわたって、原発政策の抜本見直しを怠ってきた。福島第1原発事故では原子力損害賠償制度の不備が明らかになり、東電を事実上の国有化で救済して損害賠償に当たらせる必要に迫られた。
 1基でも原発が残る間は、原子力損害賠償法を見直しておく必要があるのに、政府は対応していない。廃炉に不可欠な放射性廃棄物と使用済み核燃料の最終処分地の決定も先送り続きだ。
 また、先月末の本コラム「『ブレーキの壊れた高速列車』東海第二の再稼働断念が日本を救う 廃炉技術でトップを目指せばいい」でも書いたが、東海第2発電所を廃炉とした途端に経営破たんを余儀なくされる日本原電の国策企業としての役割の見直しも封印したままだ。
 背景には、「有権者離れを招きこそすれ、支持率が上がるとは考えられない原発政策の見直しなどタブーだ」という官邸の姿勢への経済産業省の忖度が存在すると長らく言われてきた。最近は、原発という稼働コストの低い電源を与えないことで、電力・ガス自由化に集中させたいという資源エネルギー庁の思惑も加わったという。
 が、明確な脱原発、縮原発の道筋がいつまで経っても構築されなければ、反原発派を中心に政治不信は高まる一方だ。今回の広島高裁の決定は、そうした世論の現れと真剣に受け止めて、原発政策の抜本見直しを遂行してほしいものである。

町田徹

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