[2011_03_28_01]防災の課題 専門家に聞く 東日本大震災 想定外を乗り越えて 避難 「ゼロか1か」の対策 限界 地震予知連絡会長地震学 島崎邦彦氏 地震 高層ビル、長周期も念頭に 京都大学名誉教授地震動学 入倉孝次郎氏 津波 記録や試算にとらわれず 関西大学教授防災工学 河田惠昭氏(日経新聞2011年3月28日)

津波 記録や試算にとらわれず

関西大学教授(防災工学) 河田恵昭氏
 かわた・よしあき 1974年京都大学大学院工学研究科博士号取得。京大教授、京大防災研究所長を経て2009年から現職。兵庫県の人と防災未来センター長を兼ねる。

最高で50メートルも

 −−今回の津波は国の想定を大きく超えました。
 「旧田老町(岩手県宮古市)では高さ10メートルの堤防を越え、各地で防潮堤や防波堤が大きく破壊された。津波の規模は2万人を超える死者を出した1896年の明治三陸沖大津波よりも上で、2004年のスマトラ沖大津波に匹敵する。まだ立ち入り禁止の被災地が多く、全容はわからないが、最高到達点は50メートルに達しただろう」

 −−これはど津波が高くなった理由は。
 「海溝型地震では、陸のプレートがはね上がるのに伴つて海面も変動し、大きな波となって周囲に伝わる。これが津波だ。地震を起こした断層は長さ500km、幅200kmにわたってずれた。それだけ大量の海水が持ち上げられた」
 「ずれた断層の幅が大きいほど津波は高くなる傾向にある。宮城県沖だけでなく、その東側にある三陸沖南部海溝寄りの地震領域も同時に動いた。宮城県沖の領域だけで地震が発生したのなら、断層の幅はそれほど大きくならず、津波はもっと低かったはずだ」

 −−地盤沈下の影響も大きいのですか。
 「現模が巨大だったため、地震発生と同時に陸側のプレートの地盤も沈下し、津波が相対的に高くなった」

 −−これほどの津波は予想できなかったのですか。
 「海溝型地震の震源断層モデルは過去の被害の状況から、平均的な姿を割り出したにすぎない。津波はモデルに沿って計算しているため、感定を超える規模の津波は超こりうる。地震の正確な記録が残っているのは50年ほどなので、震源断層が最大でどれだけ動くかと予想するのは難しい。今の地震研究の弱点だ」
高台をつくる

---東海、東南海、南海の3つの地震も同時発生する可能性が指摘されています。被害想定の見直しは必要でしょうか。
 「揺れは大きくなるが、津波は高くなるとは限らない。ただ、断層がずれる幅がモデルよりも大きくなるとしたら、津波は高くなり、浸水する地域も大きくなる。すぐに着手すべき研究課題だ」

---津波の規模が甚大な被害をもたらしたのでしょうか。
 「津波の高さが半分だったとしても、1万人超の死者が出ただろう。犠牲者の多くは建物の中にいたか、車を運転していて被災した。逃げ遅れたのだ。平日の昼間だったためか、避難誘導する人も少なく、これが響いたのかもしれない」
 「揺れが収まった後、すぐに近隣のマンションやビル、鉄筋コンクリート製の建物がない場合は高台に逃げれば助かった。ただ、そうした建物や高台が近くにない場合もある。津波危険地帯では、公共施設は3階建て以上の鉄筋コンクリートで造り、避難場所に使えるようにすべきだ」


京都大学名誉教授(地震動学) 入倉孝次郎氏
 いりくら・こうじろう 1968年京都大学大学院理学研究科博士号取得。京大教授、京大防災研究所長、京大副学長などを歴任。現在は愛知工業大学客員教授。

地震 高層ビル、長周期も念頭に

----今回の地震は東日本だけでなく、北陸や関西でも震度3を記録するなど、とても広い範囲で揺れが観測されました。
 「宮城県沖や福島県沖などの領域で最初の強い地震が発生し、少し時間をあけてから茨城県沖でも起きた。2つの地震の揺れの波が重なってしまい、遠くまで揺れが伝わった。また、周期が2秒を超えるゆっくりとした長周期地震動は、減衰しにくく遠くまで到達しやすい」

タンクが共振

----千葉県市原市の製油所で火災が発生したのは、長周期地震動が原因なのでしょうか。
 「関東平野はすりばち状の固い岩盤に軟らかい堆積層が積もった構造をしている。周期が7秒前後の揺れが増幅されやすい。石油タンクはこの周期の地震波と共振しやすいため、配管などが破損してしまい、漏れた燃料に火がついたのではないか」
 「2003年の十勝沖地震では、北海道苫小牧市の石油コンビナートで火災が起きた。対策は講じていたと聞いており、2つの大きな地震の波が重なって揺れが増幅されたことが影響したのだろう」

----千葉県浦安市など東京湾岸で地盤が泥水のようになる液状化現象が大規模に発生した理由は。
 「茨城県沖で発生した地震の影響といえる。液状化現象は長周期地震動よりも短い周期の揺れで起こりやすい。宮城県沖の震源からは遠いが、東京湾岸は茨城県沖の震源からはそれほど遠くない。このため、大規模な液状化につながったのだろう」

----M9・0と地震の規模がとても大きかったにもかかわらず、震源に近い地域では、目立った建物の被害はありませんでした。
 「建物が地震の揺れの周期と共振すると、大きく揺れて壊れやすくなる。震源に近い宮城県や岩手県では、周期が0・2〜0・3秒の揺れが大きかった。木造家屋に深刻な被害をもたらす1秒前後の揺れは、阪神大震災に比べると小さかった。比較的、固い地盤の地域が多かったためではないか」
 「今回の地震の特徴は0・5秒前後から100秒程度の幅広い周期で強い揺れが発生したことだ。このため、ほとんどの建物が大きく揺れた。こうした揺れでは、建物が共振しやすい周期を地震の周期よりも長くして共振を防ぐ免震装置では効果がない。対策は揺れそのものを吸収するゴムやダンパー(減衰装置)を取り付けることだ」

ビル揺れ2倍

----東海、東南海、南海地震の3つの地震が同時に発生すると、長周期地震動は大きくなるのでしょうか。
 「日本建築学会の分析によると、東京、大阪、名古屋の三大都市圏にある超高層ビルは、揺れが想定よりも最大で2倍大きくなる可能性がある。余裕を持って建造されているので、倒壊する危険はまずない。だが、部屋の中は家具が倒れるなどの被害が出る。制振装置の導入など対策を講じるベきだろう」


 地震予知連絡会長(地震学)
 島崎邦彦氏 
 しまざき・くにひこ 1970年東京大学大学院修士課程修了。74〜76年米カリフォルニア工科大研究員。89年東大地震研究所教授、2009年退官。同年から地震予知連絡会長を努める。

避難 「ゼロか1か」の対策 限界

少ないデータ

 −−やはり想定外の地震だったのですか。
 「東日本の太平洋沖で起きる地震について、私たち研究者の基本的な思考の枠組みが間違っていた。太平洋のプレートが沈み込む場所で起きたが、ここはスルスルと滑って地震が起きない場所だと思い込んでいた。ところが実際には岩板が強くくっつき、長いことひずみを蓄え、それが一気に壊れて大地震となった。オセロゲームのように黒白が一気に逆転したような驚きだ」
 「この地域では過去(869年)にマグニチュード8級の貞観地震があった。これをもっと調べていればと悔いは残る。だが、京都から遠い東日本では古文書に大地震の記録がほとんど残っておらず、最近の観測データも少ない。それで思い込みを変えられなかった。」

 −−日本列島の広い範囲で地震が活発化しているようにみえます。
 「非常に大きな断層の破壊が起きてしまったので、新たな力が別の場所の地殻に加わり、20年先に起きると思っていた地震がいま起きている。地震活動は明らかに高まっていて、少なくとも、今後、5年くらいは続くだろう。東京でも複数のタイプの直下型地震が想定されているが、その一部が活発になるのではと心配している」

 −−当面、地震の監視で何が重要ですか。
 「海底の動きをよく調べる必要がある。阪神大震災後、陸地の動きを調ベる全地球測位システム(GPS)の観測網がかなり整ったが、海底のGPSは費用がかかるため東日本、西日本でそれぞれ10基もない。余震を予測するにしても海のデータが圧倒的に不足している」

 −−地震研究や防災にとって何が教訓ですか。
 「最も大事なのは『ゼロか1か』という思考法から脱することだ。リスクには様々な段階があるのに、これまでの地震対策はゼロ(逃げない)か1(逃げる)かの両極端で中間がない。津波も同様だ。これだと警報が外れるとオオカミ少年扱いされ、逆に今回のように想定を超える災害には何も手を打てない」
 「頻度や確率は小さくても大きな被害になる災害では、リスクのレベル分けが必要になる。例えば東海地震ではいきなり警報を出すのでなく、まず注意報を出すように数段構えにした。地震は非常に複雑な現象なので、単純化すると必ず見落としが生じる。きめ細かな対応ができるように、私たちもきちんと情報を発信しなくてはいけない」

リスク開示を

 −−世界は日本の復旧復興の行方を固唾をのんで見守っています。
 「日本が地震国であることを改めて印象づけ、進出や投資をためらう外国人が増えるかもしれない。そうならないように、むしろ災害リスクを隠さずに開示していくことが重要だ。例えば地震による建物の倒壊リスクがどの程度かを示し、政府がそれを減らす目標を立て、併せて海外に発信していく。国の中央防災会議が中心になり、さっそく取り組んだらどうか」

 聞き手は編集委員 久保田啓介、青木慎一
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