[2025_08_08_01]南海トラフ地震臨時情報 発表から1年 備えを見直す動き 課題も(NHK2025年8月8日)
 
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南海トラフ地震臨時情報 発表から1年 備えを見直す動き 課題も

 21:56
 去年の8月8日。宮崎県の沖合でマグニチュード7.1の地震が発生し、気象庁は、初めて、南海トラフ地震臨時情報「巨大地震注意」を発表しました。
 海水浴場の閉鎖やホテルのキャンセル。鉄道にも影響が出て、自治体や事業者からは戸惑いの声があがりました。不安な気持ちになった人も多かったと思います。

 あれから1年。

 自治体の中には、臨時情報をきっかけにして、南海トラフ巨大地震や津波への備えを見直し、対策を強化する動きも出てきています。

 【徳島】阿波おどり ドローンで避難誘導へ

 国内外から100万人を超える人が訪れる徳島市の「阿波おどり」。
 去年は、臨時情報の発表が続く中での開催で、大地震が発生した場合に大勢の観光客をどう避難させるかが課題となりました。
 徳島市と阿波おどりを主催する実行委員会は、ことしは、来場者の避難や救助にドローンなどのデジタル技術を活用していくことになりました。
 ドローンは大津波警報や避難指示が発表された場合、阿波おどりの会場を流れる川の上空を自動で飛行。音声で避難を呼びかけるとともに照明で周辺を照らして、観光客などが川に近づかないようにします。

 被災した人数や被害の規模を把握できるようにするため、会場に設置されたカメラで来場者の様子を撮影し、AI=人工知能に学習させる実証実験にも取り組むということです。

 徳島市 井水貴之 危機事象対策指導監

 「去年の臨時情報は南海トラフ地震対策を改めて考える機会になった。ことしより来年、来年より再来年と対策を積み上げていきたい」

 【大阪】海水浴場で「津波避難ビル」周知

 関西空港の対岸に位置する大阪・泉南市は、去年、臨時情報が発表された際には、市内にある「タルイサザンビーチ」に、急きょ、津波避難ビルの場所を示す地図を設置しました。
 泉南市は、南海トラフ巨大地震が発生した場合、大阪府の想定で、最大で3.2メートルの津波が押し寄せ、津波(1メートル)が到達する時間は最短75分とされています。

 ことしは、海水浴場の開設初日となる7月19日から、周辺の4つの津波避難ビルが記載された地図をビーチに掲示しています。最終日の8月17日まで掲示を続けることにしています。

 泉南市プロモーション戦略課 城野博文 課長

 「去年は初めての経験でどのような対応がふさわしいか悩んだが、その教訓を踏まえ市の職員や現場のスタッフの防災意識は高まっている。来場者の安全のために地図の掲示は今後も続けたい」

 【兵庫】避難所用ベッドを追加 空調も導入

 兵庫県高砂市は、去年の臨時情報のあと、さらなる備えの充実が必要だとして、避難所の環境改善に取り組んでいます。

 高砂市は、南海トラフ巨大地震が発生した場合、兵庫県の想定で、最大で2.3メートルの津波が押し寄せ、津波(1メートル)が到達する時間は最短117分とされています。

 ことし1月には、指定避難所となっている16の小中学校にキャンプ用のベッドと、避難者のプライバシーを守る間仕切りを10セットずつを追加。それぞれ2倍に増えました。
 さらに、各学校の体育館に空調設備も導入しました。

 高砂市危機管理室 谷川文崇室長

 「空調設備の導入で、避難所の環境が大幅に改善されたと思う。南海トラフ巨大地震のような大きな地震災害はいつ起きるかわからないので、引き続き必要な対策を進めていきたい」

 【和歌山】チャットグループで情報共有を改善

 本州の最南端に位置する和歌山県串本町は、去年、臨時情報が発表された際、職員どうしが速やかに情報共有するためのチャットグループを新たに立ち上げました。
 串本町は、南海トラフ巨大地震が発生すると、国の想定で、最大18メートルの津波が押し寄せ、津波が到達するまでの時間は最短2分とされています。

 従来のような電話による口頭での情報共有だけでは、現場の被害状況や避難場所のイメージを持ちにくいことや、一部の職員間での情報共有にとどまってしまう点を改善しようと考えたからです。
 臨時情報の発表から2日後に作られたチャットグループには、現在200人余りが加わっています。
 7月30日、ロシアのカムチャツカ半島付近の巨大地震で、和歌山県沿岸に「津波警報」が発表された際には、初めて本格的にこのグループが活用されました。

 警報の発表後に、災害対応を担当する総務課の課長から「庁舎外にいる職員は町民避難の様子が分かる写真を撮ってアップしてください」と呼びかけがされると、グループに入っている職員から避難者の様子や高台の駐車場に多くの車が避難している状況を報告する画像が投稿されました。
 また、町内の避難場所ごとに人数の報告や、内部の様子を伝える画像も相次いで投稿されました。

 串本町総務課防災・防犯グループ 岡田真一 班長

 「今までは、電話による口頭での情報共有でしたが、それだけでは現場のイメージがなかなかわかなかったので、チャットで画像を共有し、目で見てわかるのはよかったし情報を随時確認できるので、対応に役立った。今回の課題を洗い出した上で、今後も使っていきたい」

 対策強化の動き 専門家「本気の事前防災進めるきっかけに」

 南海トラフ巨大地震への対策を検討する国の作業部会で委員も務めた防災対策に詳しい関西大学の奥村与志弘教授は、こうした自治体の取り組みを評価した上で、臨時情報を事前の備えを進めるきっかけにすべきだと指摘しています。

 関西大学 奥村与志弘教授

 「臨時情報は『近い将来、大きな地震が起きる』という地震予知の情報だと思われているかもしれないが、本来は『やっておくべき備え』に気づいてもらい、本気の事前防災を進めるきっかけを作ることが大きな役割だ。多くの自治体が『再び臨時情報が出たら何をするのか』という計画を作って満足しがちな中、臨時情報をきっかけに事前の対策が進んだ好事例で本当にすばらしいと思う」

 「臨時情報が出たことで、経済的に損失が出たとか、生活に支障が出たという指摘もあったが、それは裏を返せば、実際に南海トラフ巨大地震が起きた場合の対策が十分ではないことの表れだ。将来の被害を減らすためにも、臨時情報の発表から1年が経過したこの機会に改めて当時を振り返り、必要だと思った対策を1つでも2つでも実際に進めてほしい」

 【臨時情報が出たら】JR東海 新幹線の運用を見直し

 JR東海は、去年の臨時情報の際には、およそ1週間、東海道新幹線の一部区間で最高速度を時速285キロから230キロに落として運行し、列車が遅れるなどの影響が出ました。在来線でも一部の特急を運休させました。

 当時の対応についてJR東海は検証を行い、ことし5月からは、日向灘の地震で臨時情報が発表された場合は、「これまでの知見から影響は限定的と予測される」として、管内の路線で被害がなければ東海道新幹線などを通常どおり運行するよう改めたということです。
 ただ、日向灘より東側のエリアで地震が起き、臨時情報が出た場合は、運休や徐行運転などを検討するとしています。
 一方、国が7日に公表した臨時情報が発表された際の事業者の対応をまとめたガイドラインでは「巨大地震注意」の場合は、鉄道の運行規制は原則、求めないとしていて、JR東海は改めて対応を検討するということです。

 【臨時情報が出たら】高知 事前避難を後押し

 高知県四万十町は、金銭的な補助を通じて、高齢者や障害がある人の事前避難を後押ししようとしています。
 高知県四万十町は南海トラフ巨大地震が発生した場合、沿岸部に最短10分で津波が到達すると想定されていますが、高齢者や障害がある人など避難に課題を抱えている人も少なくありません。
 こうした中、町は町内にいる要支援者に対して、臨時情報に伴う事前避難を促そうと、避難にかかる一部の費用を補助する方針を固めました。
 対象は、津波の到達が早い沿岸部の興津地区と志和地区に住む寝たきりの高齢者など、特に自力での避難が難しい要支援者およそ40人です。

 臨時情報の発表に伴って町が開設する避難所までのタクシーなどの交通費や、介護などを行うヘルパーの人件費、それに施設利用後の清掃費などを補助します。
 対象者全員が事前避難を1週間した場合は250万円から300万円程度の費用がかかる見込みで、町は予備費から財源を捻出するということです。
 町はこうした対応の方針について、今後、町の地域防災計画などに明記することを検討しています。

 四万十町危機管理課 谷雅仁 主任

 「住民に話を聞くと金銭面の負担を理由に事前避難に二の足を踏む人も多い。補助を通じて事前避難を後押しすることで、1人でも多くの命を救いたい」

 【アンケート】臨時情報の「認知度」は低下

 地震防災が専門の関西大学の林能成教授などの研究グループは、臨時情報の「認知度」などについて、南海トラフ沿いの静岡県や高知県など7府県の住民2000人余りに、継続的にWEBアンケートを実施しました。

 情報を「よく知っていた」または「どのような情報か聞いたことがあった」と答えた人は、2023年7月の情報発表前には45%でしたが、去年8月の情報発表直後は77%と大きく上昇。
 しかし、ことし1月は69%、7月は60%と、情報発表から時間がたつにつれて認知度が低下している状況が浮き彫りになりました。
 また、「耳にしたことはあったが具体的にどのような情報かは知らなかった」と答えた人は、去年8月は14%でしたが、ことし7月は26%と増えています。

 関西大学 林能成教授

 「実際に強い揺れに見舞われた宮崎県などをのぞけば、急速に関心が低下していると思う。発表頻度が高くなく、情報の内容も複雑で、一般の人がすべてを理解するのは難しいと思う。『ふだんとは少し違う状況になっている』ということを伝えるための情報だと理解し、自分の中で自主的に動く経験が、情報を深く理解していく上で必要だと思う」

 【アンケート】情報の意味 十分伝わっている?

 アンケートでは「臨時情報の持つ意味合い」も尋ねていますが、情報発表の直後でも、十分に伝わっていない状況が浮き彫りになっています。
 マグニチュード7クラスの地震が発生して「巨大地震注意」が発表された場合、巨大地震が起きる確率はふだんよりは高まっているものの、気象庁などは1週間以内に実際に発生するのは数百回に1回程度だとしていて、これを確率にすると1%未満になります。
 ただ、アンケートで「巨大地震注意が発表されたことを知った時、1週間以内に起きる確率はどの程度だと思ったか」尋ねると、以下のような結果になりました。

 50%程度 / 80%程度 / 100%近い と回答した人の合計
 2024年8月 30%
 2025年7月 48%

 1%程度 と回答した人
 2024年8月 16%
 2025年7月 8%

 関西大学 林教授
 「国も丁寧に説明しているとは思うが、『巨大地震注意』と言われているのに、実際に地震が起きるのが数百回に1回程度というのは一般の人にとってはギャップがあり、理解するのは難しいと思う」

 専門家「1週間では変わらない」

 南海トラフ地震臨時情報「巨大地震注意」が発表された場合、大規模地震が発生する可能性がふだんと比べて高まったとして、国は1週間、地震への備えを改めて確認するよう呼びかけることにしています。
 1週間という期間は、アンケート結果などをもとに、人々が対応を続けられる限度を踏まえて決められており、1週間が過ぎても発生する可能性自体がなくなるわけではないともされています。

 気象庁によりますと、ロシアのカムチャツカ半島付近では7月20日から地震活動が活発になり、マグニチュード7.5の地震も発生。マグニチュード8.8の巨大地震が発生したのは、その10日後でした。
 地震のメカニズムに詳しい東北大学の遠田晋次教授は、7月20日の地震は7月30日の巨大地震の前震だとしてマグニチュード7クラスの地震がさらに規模の大きな地震を誘発したとみています。
 そして、「南海トラフ地震臨時情報」の「巨大地震注意」や「北海道・三陸沖後発地震注意情報」がもし発表されたとしても、1週間が経過したあとに大きな地震が起きうることを改めて認識し、今後の教訓とすべきだと指摘しています。

 東北大学 遠田晋次教授

 「自然現象としては1週間で突然何か変わるわけではない。徐々に可能性が小さくなっている状況で大きな地震が起きることは十分考えられる」

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