[2021_05_03_01]「なぜ私は原発運転を差し止めたのか」元裁判長が語る(毎日新聞2021年5月3日)
 
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「なぜ私は原発運転を差し止めたのか」元裁判長が語る

 ◇元裁判長が語る原発の不都合な真実

 「私は2014年5月、関西電力大飯原発の運転差し止めの判決を出しました。多分みなさんが思っているより、裁判所というのは健全な組織なんです」
 こう語るのは福井地裁裁判長として、関電に大飯原発3、4号機の運転差し止め判決を出した元裁判官の樋口英明さん(68)だ。樋口さんは4月14日、オンラインの講演会で国会議員や学者らに原発や裁判の知られざる内幕を語った。【毎日新聞経済プレミア・川口雅浩】

 東京電力福島第1原発の事故から10年。日本のエネルギー政策を考えるうえで、樋口さんの指摘は示唆に富み、参加した国会議員らからは「そんな事実は知らなかった」など、驚きの声が上がった。

 ◇原発の耐震性に注目

 樋口さんは京都大法学部卒業後、裁判官となり、14年5月の関電大飯原発の判決のほか、15年4月には関電高浜原発3、4号機をめぐり、再稼働差し止めの仮処分決定を出した。
 東電福島第1原発の事故以降、原発運転の差し止めは大飯原発が初めてだった。しかも地震大国の日本で、原発の耐震性を理由に判決を出したことから、大きな反響を呼んだ。
 その後、17年に名古屋家裁部総括判事で定年退官。21年3月に「私が原発を止めた理由」(旬報社)を出版、現在は全国で講演活動を続けている。今回は金子勝・慶応大名誉教授が代表世話人を務める有識者グループ「ヨナオシフォーラム」で講演した。
 樋口さんの語りはゆっくりで淡々としながらも、元裁判官らしく理路整然としている。難解な専門用語は使わず、わかりやすい言葉で語り掛ける。

 ◇「負けるとわかっていた」理由とは

 「被告の関西電力は、そもそも判決の法廷に出席しなかったんですよ。こういう大きな事件だと出席するのが普通なんだけど、出席しなかった。その理由は、関電は負けるっていうのがわかっていたんです」
 冒頭、樋口さんは14年5月の関電大飯原発の判決を振り返り、意外な事実を披露した。
 もちろん関電が事前に判決文を入手していたわけではない。でも「関電は負けるとわかっていた」という。これはどういうことなのか。「私は大飯原発が危険だったら運転を差し止める。危険と思わなかったら差し止めないという方針で訴訟をやってきた。原発が危険かどうかで決めるとなると、関電は負けると思ったのでしょう」と、樋口さんは語る。
 樋口さんは「原発が危険かどうかで決めるというのは当たり前と思うかもしれませんが、実際の裁判はそうなっていません。(裁判官の多くは)原子力規制委員会の新規制基準に合っているかどうかを中心に審理します。私はそうじゃなくて、原発事故を起こす可能性があるのかないのかで判断しました」という。
 原子力規制委は福島の原発事故を受け、「世界一厳しい」とされる新たな規制基準を設けた。その新規制基準に適合しているかどうか、裁判所が審理するのは当然だろう。だが、樋口さんはそれだけにとどまらなかった。「新規制基準が国民の安全を守る内容になっているかどうか」を確認した。
 地震大国の日本では原発に高度の耐震性が求められるのはいうまでもない。ところが「新規制基準の定める耐震性は極めて低い。世界一厳しいというのは地震に関しては当てはまらない」というのが樋口さんの主張だ。原発の耐震設計基準に外部電源などが含まれず、原子炉を冷却する主給水ポンプの耐震性も、現実に起こりうる地震に照らすと十分でないというのだ。
 「多くの原発の耐震性は一般住宅より低い。このことは電力会社が最も国民に知られたくない事実なのだ」という。

 果たして、どういうことなのか。

注:関電大飯原発差し止め訴訟
 関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働は危険だとして同県の住民らが関電を相手取って運転差し止めを求め、福井地裁は2014年5月、住民側の主張を認め、運転差し止めを命じた。控訴審で名古屋高裁金沢支部は18年7月、「原発の危険性は社会通念上、無視しうる程度にまで管理・統制されている」として、1審の福井地裁判決を取り消し、住民側逆転敗訴の判決を言い渡した。
 主な争点は、耐震設計の基準となる「基準地震動」は適切か、大地震の際に冷却機能が働くか――などだった。1審の判決は各地の原発で基準地震動を超える揺れが観測されていることから大飯原発にも同様の危険があり、想定を超える地震が起こればメルトダウンに結びつくほか、想定内でも電源が失われる恐れがあると指摘した。

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