[2020_08_23_03]「7千円のヒラメ放り投げた」 相馬市の本格操業を阻むコロナ禍とトリチウム処理水の海洋放出問題(アエラ2020年8月23日)
 
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「7千円のヒラメ放り投げた」 相馬市の本格操業を阻むコロナ禍とトリチウム処理水の海洋放出問題

 震災から9年余りが経ち、福島県相馬市では今年2月にすべての魚の出荷制限が解除された。だが、トリチウム処理水の海洋放出問題やコロナ禍での魚価下落が、本格操業への道を阻む。AERA 2020年8月24日号では、福島県相馬市の漁業の現状を取材した。

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 福島県相馬市の松川浦。震災前は潮干狩りで賑わった海岸近くの岸壁に、約20隻の沖合底引き網漁船が並ぶ。福島県漁業の主力部隊だ。黒潮と親潮がぶつかる福島沖で獲れる「常磐もの」と呼ばれる良質な魚を東京の築地市場に届けてきた。7、8月は休漁の季節だ。漁師たちは船体の白いペンキを塗り直したり、エンジンの整備をしたり、忙しい。だが、若い漁師たちの気分は、いまひとつ晴れない。
 エイの仲間である「コモンカスベ」の出荷制限が解除されたのが、今年2月末だった。原発事故以来、福島県沖では放射性セシウムの基準値を超えた43種が出荷を制限されてきたが、このうちの最後の魚だった。
 震災の翌2012年6月から、地元の漁師たちは「試験操業」を続けてきた。放射性物質が流れだした海で獲れた魚のセシウムを計測し、その減り方と市場の反応をにらみながら、本格操業再開の時期を探る作業だ。
 震災後初めてすべての魚種の出荷制限が解除されたことで、福島県漁業協同組合連合会の野崎哲会長は「新年度中に、できる部分から本格操業に着手したい」と宣言。本格操業への号砲が鳴った。
 ところが、これと相前後してコロナ禍が全国に拡大、飲食店での消費が激減し、市場での魚価が下がり始めた。福島県関連ではこれに加えて、原発の処理水を海洋に放出するかどうかをめぐる政府内の議論が「早期の結論」を目指して動き出した。
 経済産業省の小委員会が2月にまとめた提言のなかで、放射性物質トリチウムを含む水について、薄めて海に流す海洋放出と蒸発させる大気放出の2案を「現実的な選択肢」とし、海洋放出を有力視した。
 トリチウムは三重水素とも呼ばれ、水の状態で存在するため除去が難しい。放射線は微弱といわれるが、低濃度でもリスクがあるという専門家もいる。トリチウムを含んだ処理水は増え続け、4月時点で貯蔵量は約120万トンに。22年には敷地内の保管場所が限界を迎えるとされる。海洋放出するにしても、そのための施設整備の時間を逆算すると、早期に決定する必要があると言われている。
 これに対し、全国漁業協同組合連合会は6月に反対の特別決議を採択。福島県漁連も「海洋放出に断固反対する」などと決議。浪江町議会など10以上の市町村議会が反対を表明した。
 県地域漁業復興協議会の委員としてこの問題に関わってきた濱田武士・北海学園大教授(漁業経済)は、「漁業者の立場から言えば、これまで試験操業の中で積み上げてきた努力が逆戻りしかねない、との思いだろう」と話す。
 ただ、知事や県議会、一部の町議会は、賛否を明確に打ち出していない。内堀雅雄知事は国と東電に「慎重な検討」を求める以上の答弁をせず、県議会も7月の議会で放出に反対する意見書案の採決を見送った。
 相馬市で生まれ育ち、「清昭丸」(19トン)の4代目船主を継いで21年になる菊地基文さん(43)はこう話す。
「処理水? 反対を言い続けなけりゃなんねえと思う。でも、結果として、海に放出されることになっても、対抗策も考えておかねばならんでしょうね」
 基文さんは、5人きょうだいの3番目、ただ1人の男子だった。大学時代に父が病死、「図らずも」漁師を継ぐことになった。
 東日本大震災の津波に清昭丸が流されて、船底に大きな穴が開いたのが34歳の時。幼い2人の娘と妻を連れて、秋田県や宮城県へ避難。家族とは別に、事故直後に単身で相馬市に戻り、試験操業にも参加した。
 筆者は15年秋、試験操業に出る清昭丸に同乗した。相馬原釜沖約60キロの洋上、早朝に巻き上げた網から大量の魚群が甲板にぶちまけられると、ゴムガッパ姿の基文さんが体長80センチほどのヒラメを抱え、海に放り投げた。当時、ヒラメは放射性セシウムの「不検出」の割合が90%程度で、出荷制限中だった。スーパーで買ったら7千円はする、と後で聞いた。
 「いたまし(もったいない)なあ。いつになったら港に持って帰れんだべ」
(朝日新聞社・菅沼栄一郎)

※AERA 2020年8月24日号より抜粋
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