[2014_05_22_01]消えぬ風評への不安 福島第1、地下水海洋放出(河北新報2014年5月22日)
 

消えぬ風評への不安 福島第1、地下水海洋放出

前略
◎漁業者「断腸の思い」
 バイパスによる地下水の海洋放出に、漁業者は「この日が来たかという気持ち。断腸の思いの一日だ」矢吹正一福島県いわき市漁協組合長と複雑な心中をのぞかせた。
 いわき市の沖合底引き船主志賀金三郎さん67は「泣き泣きだが容認した以上、仕方ない」と受け止めつつ、「何年も何十年も続く作業。最初は緊張感があり大丈夫だろうが、必ず慣れが出てくる。ミスや不正が心配だ」と打ち明ける。
 「試験操業を地道に続け、ようやく鮮魚を築地に出せた。ミスなどで万が一のことが起きたら、福島の海が終わってしまう」と話し、東電や国に厳格な運用を訴えた。
 いわき市では21日、福島県地域漁業復興協議会があり、東京電力の新妻常正常務が海洋放出を漁業関係者らに報告した。相馬双葉漁協相馬市の佐藤弘行組合長は「試験操業の妨げにならないよう、情報を広く公開し、風評被害の防止に努めてほしい」と求めた。
 県漁連の野崎哲会長は「きょうが始まり。決して基準を超える水が放出されないよう、注意深く見ていく」と話した。
いわき支局・古田耕一
◎安全性専門家で割れる見解
 福島第1原発の地下水バイパス計画が21日、予定より約1年遅れて実施された。安全性や運用方法をめぐり専門家の見解は分かれている。
 東電は多核種除去設備ALPSアルプスでも除去できない放射性物質のトリチウムについて、1リットル当たり1500ベクレル以下という放出基準を設けた。国の基準の40分の1に相当する。
 九州大大学院の出光一哉教授エネルギー量子工学は「放出された地下水を飲んでも健康被害が起きる可能性は低い」と計画に理解を示す。
 全国の原発からは年間10兆ベクレル以上のトリチウムが海に排水されてきたとして、「第1原発にある汚染水にも基準を設け、希釈した上で放出するのが現実的」と話す。
 京大原子炉実験所の小出裕章助教原子核工学は「事故前であれば地下水のトリチウム濃度は1ベクレル程度で、1500ベクレルは高すぎる。構内は事故後、放射能の沼のようになっており、放出すべきではない」と批判する。
 バイパス計画は地下水が原子炉建屋地下に流れ込んで汚染される前にくみ上げ、海洋放出する手はずだった。ただ、2月に上流部の地上タンクから高濃度汚染水が漏れ、地下水から微量の放射性物質が検出されている。
 福島大の渡辺明特任教授地球物理学は、地上タンクに最も近いバイパス用井戸から基準値超のトリチウムが検出されたことに触れ、「濃度が高い井戸があっても一時貯留タンク内で最終的に薄められている」と運用方法を疑問視する。
 水産業に詳しい国際東アジア研究センターの小松正之客員主席研究員海洋政策論は「トリチウムは水と構造が似ており生物濃縮される可能性は低いが、確かなデータはないに等しい。米国とも協力し、広範囲で長期的なモニタリングが必要だ」と指摘した。福島総局・桐生薫子

[トリチウム] 水素の放射性同位体で三重水素とも呼ばれる。半減期は12.3年。弱いベータ線を出す。海水1リットルに平均0.74ベクレル、地下水1リットルに0.7〜3.7ベクレル含まれるとの研究結果がある。生体への影響は放射性セシウムの約1000分の1。過去の核実験や原発からの温排水にも大量に含まれる。
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