[2020_06_12_02]六ヶ所村、核燃再処理工場ゴーサインに疑問符 航空機墜落事故の評価と対策は甘すぎる_岡田広行_東洋経済_解説部コラムニスト(東洋経済オンライン2020年6月12日)
 
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六ヶ所村、核燃再処理工場ゴーサインに疑問符 航空機墜落事故の評価と対策は甘すぎる_岡田広行_東洋経済_解説部コラムニスト

 原子力発電所で発生した使用済み核燃料を再処理する工場は、日本が国策として推進する核燃料サイクルの要だ。使用済み核燃料を「ゴミ」として処分するのではなく、化学処理によって核物質プルトニウムを取り出すことで発電に利用(リサイクル)する。再処理工場とは、膨大な量の核物質を扱う巨大な化学工場にほかならない。
 原子力規制委員会は5月13日、日本原燃が建設した再処理工場(青森県六ヶ所村)が新しい規制基準に適合している旨を示す審査書案を取りまとめ、工場の基本設計が規制委員会の基準を満たしていることを示す「合格証」を近く出す見通しだ。
 日本原燃は工場の安全対策工事を進めるとともに、工場の詳細設計に当たる工事計画や保安規定の認可を経て、将来の操業を目指している。

航空機が墜落したらどうなるか

 六ヶ所村の再処理工場は1993年に着工されてからすでに27年が経過している。将来の廃止費用を含め、総額16兆円と見込まれる巨額の費用をのみ込み、決して日の目を見ることのない未完のプロジェクトとみなされてきた。それが、ついに引き返すことのできない地点に到達しようとしている。
 再処理工場の審査で、敷地近くに存在する断層の活動性や火山の巨大噴火とともに検証すべき論点の一つとなったのが、再処理工場に航空機が墜落した場合の影響と対策だ。
 再処理工場から約30キロ先には航空自衛隊と在日米軍が共同使用する三沢基地が存在している。ここ数年に限っても、墜落事故や爆弾の投下ミス、タンクの投棄などの事故やトラブルが相次いでいる。
 規制委員会の審査書案には、「(米軍が実戦配備する)戦闘機F16に対して防護設計がなされている」としたうえで、事故が起きる確率が審査上の基準とされる「10のマイナス7乗/年」(1原子炉・年当たり1000万分の1の確率)を下回っていることを理由に「追加的な防護措置は不要」だと書かれている。
 こうした対策に対して、専門家から疑問の声が持ち上がっている。東芝で原子炉格納容器の設計にたずさわり、格納容器設計グループ長を務めた後藤政志氏は、F16がある速度以上で衝突した場合、衝撃に耐えられずに工場建屋が破壊される可能性が高いと指摘している。
 後藤氏は東日本大震災が起きた2011年3月11日以降、原子力施設の安全対策の不備について積極的な発言を続けている。後藤氏がコンピューターソフトを使って事故解析したところ、六ヶ所村の再処理工場の高レベル廃液ガラス固化建屋に総重量20トンの戦闘機(F16に相当)が衝突すると、「衝突速度が毎秒187.5メートルに至った場合、壁や天井が破壊される限界点を超える」との結論を導き出した。
 さらに、「衝突速度が毎秒150メートルであっても、機体の総重量が30トンに至れば、破壊の判定基準を超える」とし、航空機衝突への対策は不十分だと指摘している。

規制委や日本原燃が見過ごした事故

 日本原燃はこれまで、「航空機が衝突しても耐えられるように建屋が設計されている」などと説明してきた。記者自身も2016年12月に六ヶ所再処理工場を取材で訪れた際、広報担当者からそのような説明を受けた。
 だが、日本原燃の説明は、総重量約20トンのF16が毎秒150メートルの速度で衝突した場合という前提条件があり、それ以上の速度で衝突した場合やF16よりも重量のある戦闘機が衝突した場合の評価は実施していないという。
 想定速度を毎秒150メートルとした理由について、日本原燃は「最良滑空速度」であることを挙げている。これは、「エンジンの推力がなくなった状態で飛行(滑空)する際の速度」のことを指す。これは、ジェット機としてはさほど速くないスピードだが、日本原燃は「設定している衝突速度を上回るような状況としては、故意によるものであることが想定されるが、新規制基準における設計としては『故意によるものは除く』とされているため、考慮していない」と説明している。
 しかし、規制委員会や日本原燃は、毎秒150メートルをはるかに上回る速度での墜落事故が六ヶ所村近くの海域で発生している事実を見過ごしている。
 2019年4月9日、三沢基地に配備されていた航空自衛隊のステルス戦闘機F35Aが基地の東方約135キロメートルの太平洋に墜落し、訓練中だったパイロットが亡くなった。同年6月10日に航空幕僚監部が公表した資料によれば、墜落直前の急降下時の時速は1100キロ以上、毎秒300メートルを超えていた。
 ちなみに、F35Aの総重量は約30トンとされており、日本原燃が試算に用いているF16の1.5倍に相当する。航空幕僚監部は「(墜落時にパイロットは)空間識失調(平衡感覚を失った状態)に陥っており、そのことを本人が意識していなかった可能性が高い」と推定している。つまり、日本原燃のいう故意でなくても、同社が想定する毎秒150メートルを上回る速度での墜落事故が起きていたことを意味する。

「青天井」の安全性は求めない

 事故が起きた直後の4月23日の規制委員会で、日本原燃は航空機衝突に際しての防護設計の詳細について説明した。しかし、直前のF35墜落事故についての質問はなく、日本原燃が実施した試算に関する質疑だけが淡々と進められた。
 審査書案が了承された5月13日の記者会見で、規制委員会の更田豊志委員長は、「(新規制基準は)すべての航空機の落下に対して工学設計として対処せよということを求めているわけではない」と説明。「新規制基準は青天井(の安全性)を求めているわけではなく、一定のレベルのリスクは許容せざるをえない」との見解を示した。
 この説明は、原子力施設の安全対策の前提として事故の可能性をゼロとしていないことに基づくが、問題はその内容が一般社会の常識に照らして妥当性を持つかだ。
 再処理工場の航空機落下対策は、落下確率が1年間に1000万分の1超の場合には、原子力施設に防護設計を要求、すなわち墜落しても壊れないことが必要だとしている。それ以下の落下確率の場合は、防護設計は要求されない。
 こうしたルールについて、六ヶ所再処理工場の建設差し止め訴訟原告弁護団の伊東良徳弁護士は、「『墜落したら壊れても仕方がない』という考え方に基づいている。設備が壊れた後、作業員がポンプやホースなどの可搬式の設備を用いて放射能の大量放出を防ぐだけのことしかできない」と指摘する。
 再処理工場に航空機が墜落する確率について、日本原燃がF16を想定して一定の衝突対策を講じていることから、規制委員会はF16および墜落した場合の影響がF16と同等の戦闘機の事故発生確率について、年間の事故発生確率(4.6×10のマイナス8乗《1000万分の1原子炉・年》、ウラン・プルトニウム混合脱硝建屋に衝突した場合の想定)に10分の1の係数を乗じてよいとの見解を示した。つまり、日本原燃が一定の衝突対策を講じているので、墜落確率を引き下げた。
 こうしたルールの緩和にも助けられ、日本原燃はF16について速度を引き上げたり、F35Aなどの大型戦闘機の評価を行わなくてよいなど、より厳格な衝突影響の評価実施を免れている。

旧科学技術庁のほうがまともだった?

 こうしたやり方に問題はないのか。伊東弁護士は旧科学技術庁が1996年4月に出した「六ケ所再処理・廃棄物管理事業所における航空機に対する防護設計の再評価について」と題された文書に着目する。
 日本原燃は規制委員会の審査において、同文書を引き合いに出しつつ、訓練飛行中の航空機の機種が新しく更新された場合には「再評価を行うことで施設の安全確保に支障がないことを報告書としてまとめている」などと述べている。つまり、再処理工場建設当初に想定した戦闘機が退役し、新たな戦闘機が配備された場合に墜落の影響をしっかり検証しているというのだ。条件設定が不十分であるものの、日本原燃はF16についても建屋に墜落した場合の評価を実施した。
 その一方で、重量がF16の1.5倍に相当するF35Aが墜落した場合の影響については何の評価もしておらず、規制委員会もそうした日本原燃の姿勢を容認している。そのことは、更田委員長の「新規制基準は青天井を求めているわけではない」との発言からも明らかだ。
 このような審査の実態をつぶさに検証したうえで、伊東弁護士は「規制委員会は日本原燃に助け舟を出している。原子力事業者の虜になっていたと国会事故調に批判された旧科学技術庁のほうがまだまともだったのではないか」と批判する。
 規制委員会では、六ヶ所再処理工場の審査書案の内容に関する一般市民のパブリックコメントを6月12日まで受け付けている。再処理事業の必要性や地震や火山対策を含めて論点が多岐にわたる中、航空機事故への対応も焦点になる。
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