[2020_07_10_03]講演「日本の原発報道」(2019年5月ウクライナにて) 日本の現状をよく知らない「国際チェルノブイリ福島連盟」の各国代表に福島第一原発事故当時のメディアの報道姿勢と事故後8年たった日本政府の対応を報告  浅野健一(アカデミックジャーナリスト)(たんぽぽ舎2020年7月10日)
 
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講演「日本の原発報道」(2019年5月ウクライナにて) 日本の現状をよく知らない「国際チェルノブイリ福島連盟」の各国代表に福島第一原発事故当時のメディアの報道姿勢と事故後8年たった日本政府の対応を報告  浅野健一(アカデミックジャーナリスト)


◎「事故」ではなく「事件」

 福島第一原発「事故」ではなく「事件」と呼ぶべきです。原発による災害関連死を含めた死者は1600人に上っています。
 史上最悪の原発事件から8年2ヶ月経った今も、事件収束の目途はまったく立たず、約4000人の作業員が被曝しながら現場を支えています。
 しかも作業員の多くは日雇いで、身分の不安定な人たちです。最近は外国人の雇用も検討されています。
 子どもの甲状腺ガンは200人を超えました。事件被害者の補償・賠償は不十分で、さまざまな民事裁判が行われています。

◎「わからない」だらけ

 メルトダウンした1〜3号基の炉心がどうなっているか誰にもわかりません。放射線量が異常に高くて人間が近寄れないのです。
 政府と東電はロボットを使おうとしていますが、放射線に弱くてロボットはほとんど役に立ちません。
 2019年1月、東電は2号機の原子炉格納容器の底に堆積した核燃デブリを初めて掴み上げたことがニュースになり、デブリの取り出しを2年後に始めるというのですが、いつまでかかるか、取り出したデブリをどこへ捨てるかも決まっていません。

◎今も継続中の「原子力緊急事態宣言」

 原発から漏れ続けている放射能汚染水は110万トンになり、原発の敷地内にタンクが林立しています。今後どう処理するかは見当もついていません。
 日本政府が事件発生の日に出した「原子力緊急事態宣言」は今も継続中で、安倍政権は東京五輪前に宣言を取り消そうと画策しています。
 事件の後、20万人以上が避難し、今も4万6000人が故郷を離れて生活しています。日本政府は避難指示を次々と解除し、2019年3月末、福島から全国各地に自主避難している住民の家賃補償などを打ち切りました。
 政府は当初、半径20km県内を警戒区域、圏外で放射線量の高い地域を「計画的避難区域」として避難対象地域としました。
 2012年4月以降は、放射線量に応じて避難指示解除準備区域・居住制限区域・帰還困難区域に再編し、帰還困難区域では立ち入りが禁止されています。
 各種の世論調査で、原発廃止を求める意見は60〜70%あります。
 福島の事件後、当時54基あった原発はすべて運転を止めましたが、電力不足はありませんでした。
 しかし、安倍政権は脱原発の世論を無視して、川内原発(九州)など4原発・9基を再稼働させています。安倍政権は原発の海外輸出を企んできましたが、英国、トルコ、ベトナムなどすべて失敗しています。

◎「アンダーコントロール」と五輪開催

 福島の現状は悲惨です。私が絶対に許せないのは、安倍首相が5年半前、ウソをついて東京五輪を招致したことです。
 首相は2013年9月.ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会で、「(原発の)状況はコントロールされている、汚染水による影響は、福島第一原発の港湾内の0.3平方km範囲内で完全にブロックされています。東京にダメージが与えられたことはこれまでもなく、また健康問題については、今までも、現在も、将来も決してありません」と言い切りました。
 さらに、「新聞の見出しだけで判断しないように」と述べ、汚染水問題を報じてきた外国メディアを非難しました。
 ウソをついて、IOC委員をだまして「2020東京五輪」を決めたのですから、2020年の五輪を変更し、最後まで争ったトルコ・イスタンブールに五輪を譲るべきです。イスタンブールで開かれれば「中東で最初の五輪」になります。また、東京五輪に投入する3兆円以上の金を福島の人々のために使うべきです。

※ この発言後、参加者から、ひときわ大きな拍手がおくられました。チェルノブイリを経験した人たちは、実際は、福島の人たちを置き去りにして「スポーツの祭典」が開かれるのではと疑問に感じていたことがわかった瞬間です。この発言箇所は、テレビニュースでも流されました。 (中)に続く

◎ メルトダウンを2ヵ月発表せず
 社会の問題を人々に知らせ、解決に導くにはマスメディアの正確な報道
がか欠かせません。
 ところが、日本のマスメディアは、福島原発の真実を正しく伝えていません。特に、8年前の事件後、福島に駐在していたマスメディアの記者たちのほとんどが県外に逃げたことは、日本のジャーナリズムの退廃を表しています。
 東京から車で現場に向かったのは、フリージャーナリストと外国メディアの特派員たちでした。
 チェルノブイリ原発事故では、マカレンコ会長ら内外のジャーナリストが現場に入り、事故の深刻さを速報しました。
 福島の事件から2ヵ月間、特に最初の1週間の「取材・報道の放棄は万死に値します。
 当時の東電福島原発の吉田昌郎所長(2013年7月に食道ガンで死亡)は「3月11日の夜から大変なことが起きていて、12日には死ぬと思った」と証言しています。
 政権幹部が、4号機にどこからか水が入り爆発を回避できたことについて、「神風が吹いた」と言ったこともわかっています。
 4号機が爆発していれば東京を含む東日本は壊滅でした。
 日本政府がIAEAに出した報告会書によると、大気圏に放出された放射能は、広島に投下された原爆の168発分に相当し、広島の原爆の120万発分の死の灰が降ったのです。
 「最悪の事態に備えて、すぐ逃げてください」とか、「外に出たらシャワーを浴びて着ていたものは全部捨ててください」と言うべきでしたが、NHKなどメディアは「直ちに健康に被害はない」と伝えました。
 東電と政府は事件の翌日にはメルトダウンが起き、水素爆発が起きて、1〜4号機がすべて「レベル7」になっていることを知っていたのに、「メルトダウン」を広報したのは約2ヵ月後の5月13日でした。この2ヵ月間に、子どもや若い女性を含む多くの人々が被曝しました。
 東電が公開したビデオ映像に吉田所長が「政府がメルトダウンという言葉は使わないと決めたから、東電も使わない」と大声で指示する音声があります。
 「不安を煽らない」のが当時の政権の方針で、メディアも政府に同調したのです。政府と東電を監視するという視点はゼロでした。

◎1〜3号の爆発シーンを見ていない日本人
 日本のほとんどの市民は福島の1〜3号機で爆発が起きたことを鮮明な映像で見ることができませんでした。
 テレビが発達した日本で、最も重要な映像が遮断されたのです。3月12日午後3時36分に1号機で起きた爆発映像の例が分かりやすいでしょう。
 1号機の水素爆発の瞬間をを撮影したのは日本テレビ系列(NNN)の福島中央テレビでした。
 この映像は、福島原発から17q離れた山の中に設置した定点カメラで撮り、原子炉の建屋が吹き飛んだ爆発の瞬間がはっきり映っていました。
また、福島中央テレビは、3月14日午前11時1分に3号機で建屋が水素爆発した瞬間も撮影し、オンエアしています。
 NHKや福島の他局も福島原発のもっと近くに情報カメラを設置していましたが、津波で壊れ、原発から1番遠くにあった福島中央テレビの情報カメラだけが生きていたのです。
 映像は共同通信などを通じ、全世界の各メディアに配信されました。しかし(NNN系列以外の)NHKなどの国内テレビ局は、この貴重な爆発瞬間の動画を一切使わず、1号機の建屋が吹き飛ぶ前と後の静止画、または映像を並べて表示して説明するだけでした。
 英BBCは3月12日午前7時過ぎのニュースで、「当局は放射性を持つ水蒸気を放出すると言っており、他の報道によると、現在付近の放射能は通常の1000倍にもなる。政府は、これに対するリスクを過小評価しようとしている」と報道しています。この段階で、日本政府の見通しの甘さを指摘していました。
 米CNN、欧州など海外のテレビ局は日本テレビの提供でこの生々しい映像をオンエアしました。
 NHKなど日本の他局はこの映像を今日まで使っていません。NNN系列で見た人は数百万人でしょうが、日本の市民の90%以上はいまだにこの映像を見ていないのです。
 元NHK記者のあるメディア学者は「特ダネの映像だから他局は使えない」と学会で言っていましたが、スクープ映像の場合、ある時間を経た時点で、特ダネ映像を撮った放送局のクレジットを明記して、放送するのが普通です。米ニューヨークの「9・11」事件で航空機がビルに突入する映像は世界中に流れたのを考えればわかることです。
 福島中央テレビもこの映像を中継せず、4分後に放送しています。
 映像を受け取った日本テレビもあまりにも刺激の強い映像を全国ネットで放送するかどうか議論しており、NNN系列で全国にオンエアしたのは1時間13分後でした。どこからかの圧力を感じていたのでしょう。東電が1号機の爆発を発表したのは5時間後でした。 (下)に続く

◎NHK「チェルノブイリよりレベルは低い」と誤報道

 3月15日のNHK「ニュースウォッチ9」では、福島第一原発事故とチェルノブイリの事故と比較した内容が放送されました。
 アナウンサーは導入部で「今回の事態は、チェルノブイリに比べるとはるかにレベルの低いものだと専門家は指摘していますと述べ、原子力安全研究協会の武田充司工学博士が「石棺というような、そんな事態には到底ならないですよ。そんな大げさなこと」と発言しました。
 チェルノブイリで爆発した原子炉は1機でしたが、福島第一原発の場合はこの時点ですでに2機になっていました。チェルノブイリから事故の対策を学ばなければならないのに福島第一原発はチェルノブイリよりはひどくはならないと報じたのです。
 NHKは3月16日の19時38分ごろから約6分間にわたり、明仁天皇のビデオメッセージを放送しました。天皇が市民向けにビデオでメッセージを発するのは初めてのことです。
 天皇は福島第一原発について「予断を許さぬものであることを深く案じ、関係者の尽力により、事態の更なる悪化が回避されることを切に願っています」と話しました。
 これに対し、BBCは3月16日の18時4分、速報で「日本の天皇は核の危機をひどく心配している」と伝え、翌17日の6時には「いかに事態が深刻かと言うことを示しているのは、天皇明仁がテレビで国民を安心させようとメッセージは送ったことだ。しかしながら、国民は安心していない」と、天皇が登場しなければならないほど福島が深刻な状況であると指摘しました。
 ニュースの最後に、「政府発表やメディア報道を信用しない市民は西日本へ逃げている」と説明し、新幹線で関西へ避難する母子の映像を使っていました。

◎コントロールされる報道

 福島の人々も含め日本では、福島のことに触れないよう、考えないようになっています。
 これは、メディアが安倍政権と原発推進の財界によって「アンダーコントロール」状態にあるからです。
 あらゆる世論調査で原発反対は多数派で、原発を推進した小泉純一郎元首相や財界の一部幹部が脱原発を訴えています。
 ところが安倍政権は原発9基を再稼働し、41年前に建設された東海第二原発の再稼働を狙っています。
 日本の権力が原発を維持するのは、核兵器をいつでも作れるようにするためです。
 しかし、私は日本を、原発も核兵器もない国にすべきだと思っています。
(「汚染地の子どもや孫を救おう!チェルノブイリと手を結ぶ」
  筆者:浅野健一 発行「国際チェルノブイリ福島連盟
  日本支部」2019年7月より抜粋)
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