[2019_03_12_02]原発事故処理費用「81兆円」衝撃の数字はこうして算出された(現代ビジネス2019年3月12日)
 
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原発事故処理費用「81兆円」衝撃の数字はこうして算出された

試算の3.7倍…

 昨日(3月11日)、旧ソビエト連邦のチェルノブイリ原発と並ぶ人類史上最悪の原子力事故を引き起こした東京電力・福島第一原発では、事故の発生から9年目を迎えた。しかし、事故処理作業は今なお、迷走している。
 この事故処理費用について、老舗の民間シンクタンク「日本経済研究センター」が新たなヒアリングを踏まえて2年ぶりに再試算したところ、最大で81兆円と3年前の経済産業省の試算22兆円の3.7倍に膨らむ恐れがあることが明らかになった。
 政府の皮算用を大きく上回った理由は、今なお続く膨大な地下水の流入で処理すべき汚染水の量が増え続けていること、廃炉を実現するための核燃料デブリの除去が目論見通りに進まない可能性が高まっていることの2つだ。
 電気料金や税金の形で国民負担に転嫁される事故処理費用をどうすれば、少なくできるのか。今週は、「的確な予測・責任ある提言」を標榜する日本経済研究センターのレポートが示唆した解決策を紹介したい。

なぜ、ごまかそうとするのか

 福島第一原発事故は、INES(国際原子力事象評価尺度)で最悪を示す「レベル7」(深刻な事故)に分類されている。これは、1986年のチェルノブイリ原発事故と並び、1979年に米国のスリーマイル島原子力発電所で起きた「レベル5」(事業所外へのリスクを伴う事故)を上回る深刻なものだ。
 東京電力の福島第一原発は福島県大熊町と双葉町に立地し、6基の原子炉を持つ発電所だったが、事故当時、運転中だった1〜3号機の3機が東日本大震災で全電源を喪失して原子炉を冷却できなくなり、メルトダウン(炉心溶融)に発展。3月12日の1号機を皮切りに次々と水素爆発を起こすなどに至り、大量の放射性物質を広い地域に放出する事態に陥った。
 今なお、福島県内の7市町村には帰宅困難地域が残っており、福島県によると、この事故を含み、東日本大震災に被災して同県の内外に避難している人の数はいまだに41299人にのぼっている。
 福島第一原発事故の処理に必要な費用は大別して、「廃炉・汚染水処理」「除染」「賠償」の3つある。「廃炉・汚染水処理」は、主に原発敷地内で必要な費用で、作業員の人件費、機材の開発・購入費用、核燃料デブリの冷却に使う水やビル敷地内に流れ込む地下水の浄化費用が該当する。「除染」は、外部に放出された大量の放射性物質の除去の費用だ。そして、「賠償」が、帰宅できなくなった人々への補償や避難にかかる費用である。
 この3つを合わせた費用に関する政府・経済産業省の見積もり額は、2011年6兆円、2013年11兆円、2016年12月21.5兆円と膨張を続けてきたが、今なお、算出根拠が曖昧であり、過少見積りではないかとの批判が存在する。これらの費用は、全額を電気料金に転嫁するか、税金で賄うかしかない。
 そのため、最初から巨額の国民負担の必要性を明らかにして、世論の反発を受けたくないとか、脱・原発議論が勢いづくのを避けたいといった政治的判断が時々の政権に働いたとみられている。

さらに11兆円増えた理由

 そんな状況に業を煮やしたのだろう。日本の民間シンクタンクの草分け的な存在である日本経済研究センター(理事長:岩田一政元日銀副総裁)は、2年前の2017年3月公表のレポート「エネルギー・環境選択の未来・番外編 福島第一原発事故の国民負担」で、「事故処理費用は 50 兆〜70 兆円」とする独自試算を示し、政府の見積もりの3倍以上に達する可能性があると指摘。
 また、「負担増なら東電の法的整理の検討を」「原発維持の根拠、透明性高い説明を」といった副題を掲げて、エネルギー政策の抜本的な見直しを提言していた。2017年3月14日付の本コラム『原発廃炉に70兆円必要!? 保守系調査機関が算出した驚くべき数字』(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/51202)でも紹介した通りである。
 そして、同センターがこの試算を改定したのが、先週木曜日(3月7日)に公表した「エネルギー・環境選択の未来・番外編 続・福島第一原発事故の国民負担」(https://www.jcer.or.jp/policy-proposals/2019037.html)だ。
 筆者は2年前と同じで、岩田一政理事長と、特任研究員の鈴木達治郎氏(長崎大学核兵器廃絶研究センター長・教授)、元日本経済新聞記者で経済部や科学技術部のキャップを歴任した小林辰男主任研究員の3人となっている。
 レポートが衝撃的なのは、国民負担が前回(2年前)の試算よりもさらに11兆円強増えて、81兆円に膨らむとした点だ。「2年という時間の経過を踏まえて、関係者へのヒアリングなどを通じて得られた」情報をもとに再試算した結果だという。
 その内訳を見ていくと、廃炉・汚染水処理、賠償、除染の3つの費用のうち、「除染費用」は30 兆円から20 兆円に縮小した。というのは、環境省が、除染の必要ながれきや土壌の分量見積もりを従来の2200 万m3から1400 万m3に下げたからである。
 その一方で、「廃炉・汚染水処理費用」が前回試算より19兆円多い51兆円に急膨張した。
 レポートは直接言及していないが、この背景にあるのは、福島第一原発が阿武隈山系から太平洋に流れ込む膨大な地下水の通り道に位置することだ。凍土壁の建設など一定の流入防止策が講じられてきたものの、今なお流れ込む地下水が少なくない問題が影を落としているようだ。
 レポートは、福島第一原発の1〜3号機の原子炉内にある燃料デブリの冷却に使って汚染されるものとあわせて、空気で冷やす乾式貯蔵が可能になる2030年頃までの間に80万トン程度の新たな汚染水が発生すると指摘。
 この結果、処理が必要になる汚染水は、すでに福島第一原発の敷地内のタンクに溜まっている120 万トン弱の汚染水と合わせて、合計200 万トン程度に達すると言及。その前提で試算し直したところ、必要な費用は「40 兆円」になった。その結果、「廃炉・汚染水処理費用」は前回試算より19兆円多い51兆円に増えたという。
 残りの「賠償費用」も膨らんだ。東京電力の支払い分がすでに8兆7000 億円を超えていることが原因で、この費用は前回試算の「8兆円」から、「今後10 兆円程度」に膨らむとしている。
 これら3つの費用を合算した結果が、総額で、前回の試算より11兆円多い最大で81兆円という結論なのだ。

レポートが示した二つの方策

 81兆円と言えば、今国会で審議中の2019年度予算(一般会計101兆4571億円で、過去最大)の8割に相当する巨大な金額だ。電気料金にしろ、税金にしろ国民負担として転嫁されるのだから、もう少し効率よくできないものか。
 実は、レポートは2つ方策を示している。
 第一は、200万トンの汚染水の処理方法だ。現在は、ストロンチウムなどの放射性物質だけではなく、自然界に存在するトリチウムも取り除く処理をしたうえで、福島第一原発の敷地内に設置したタンクに保管し続けることになっている。レポートはこの処理に40兆円必要としているが、そのほとんどがいらなくなる方法があるという。
 原子力規制委員会が安全上の問題が無いとして推奨していることに従い、放射性物質の除去を終えてトリチウムだけを含む状態の「処理済み汚染水」を薄めて、海に放出する方法に切り替えるのだ。そうすれば、廃炉・汚染水処理費用が51兆円から11兆円に激減する。
 従来、この方法がネックとされてきたのは、政府や東京電力が事故以来、迅速に透明性のある情報開示をして来なかったことが原因だ。地元の漁業関係者の信頼を失い、理解を得られる状況にないという。
 薄めてもトリチウムを含む処理済み汚染水を海に放出すれば、消費者が不安にかられて風評被害が起きても不思議はないのに、政府・東電がその種の風評被害は無視すべきものだとして海洋放出を強行しようとしたことが、事態の悪化を決定的なものにした。
 そこで、 レポートは、風評被害に備えて、漁業関係者に追加的な補償を行う枠組みも予め用意しておくことによって、海洋放出を実現すべきではないかと提言している。試算によると、その補償コストは、「漁業関係者1500人に対して、40年分の補償をしたとしても、賠償費用が3000 億円程度増える」だけだという。事故処理費用を40兆円近く減らして総額41兆円程度に抑えることが可能だと、歴然たる効果を明らかにした。
 第二の節約策は、ここへ来て技術的な困難さが指摘されている核燃料デブリの取り出しを断念し、チェルノブイリ原発で行ったような「石棺」化、もしくは「水棺」化して、永久管理するというものだ。核燃料デブリとは原子炉の事故で、炉心が過熱し、溶け落ちた核燃料が原子炉に使われていたコンクリートや鉄パイプなどと混ざり合った後、冷えて固まったものを指す。
 依然として高レベルの汚染の中にあるうえ、コンクリートや鉄パイプが混じって体積が大幅に大きくなっているため、実態調査が当初予定よりも大幅に遅れているだけでなく、技術的に取り出せるかどうか疑問視する向きが少なくない。先月になって、ようやく本格的な現状調査が始まったものの、東京電力の担当役員らが新聞インタビューに応じ、完全撤去の難しさを認める発言をし始めているのが実情だ。

国民に負担を押し付けるだけでなく

 この問題について、レポートはあくまでも、技術的な問題が解決できず、そうせざるを得ない場合のコストとして計算している。
 それによると、40兆円の節約が可能な処理済み汚染水の海洋放出とあわせて、核燃料デブリの取り出し(廃炉)を断念し、石棺化(もしくは水棺化)して永久管理する方策に変更すれば、さらに6.7兆円程度の節約が可能だ。「廃炉・汚染水処理費用」が4.3兆円程度に、事故処理費用総額が35兆円程度にそれぞれ抑制できる計算となっている。
 ただ、この35兆円には、廃炉を前提として、すでに帰還を果たした住民への新たな賠償や移住問題や、石棺化などをした際の2050 年以降の原子炉の管理費用が含まれていない。
 そこで、賠償費用として、福島県内に避難している約9000 人に対して直ちに1人年間 1000 万円の補償を始め、30 年間かけて金額を徐々に減らし、2050 年にゼロにする賠償を行うとすると、その費用は1兆 4000 億円程度になるという試算も示した。廃炉費用に比べれば4分の1以下で賄える計算で、石棺化も検討すべき方策だと解釈することが可能だろう。
 福島第一原発事故の発生時の民主党・菅直人内閣、後継だった野田佳彦内閣、そして政権奪還に成功した安倍晋三内閣と、歴代の政権はこれまで、世界最悪の福島第一原発事故の悪影響を少しでも小さく見せようと、事故処理費用の過少見積もりを公表してきた。脱・原発論が勢い付くのを嫌い、直接の被害者にも費用や技術の面から原状復帰はできない可能性が大きいことを告げずに来たのだ。
 そのために、不都合な真実には悉く蓋をせざるを得なかった。原子力規制委員会の見解として海洋汚染の懸念はないとしながら、漁業関係者の反発が再燃するのを恐れて、ストロンチウムなどの放射性物質を除去した処理済み汚染水の海洋放出の判断・決定を東電に押し付けてきたことや、住民に帰宅可能だと言い張り続けるために、廃炉を不可能と見る専門家が多いにもかかわらず、核燃料デブリを除去するとの空手形を切り続けてきたのである。
 しかし、その費用は電気料金や税金で賄われる仕組みになっている。事故から8年の歳月が経ったにもかかわらず、手をこまねいて、国民負担を膨張させ続けているのだ。将来、重い負担が待っていることを、国民が知らされていない問題は大きい。
 日本経済研究センターのレポートは、それらの問題の一端を明らかにした。われわれ国民は、その知見を活かして、福島第一原発の事故処理を抜本的に見直すように、政府に迫るべきだろう。
 さらに看過できないのは、不都合な真実をひた隠しにして、国民に膨大な負担を押し付ける政府の無責任な姿勢が、福島第一原発の事故処理だけでなく、エネルギー・原子力政策全般に共通している点だ。
 実は、今回のレポートは、後半部分で、この問題に触れている。直近の電源別の1kWhあたりの発電コストの比較表を掲載して、メガソーラー(大規模太陽光発電)をはじめとした再生可能エネルギーと原子力の格差が大幅に縮小していることを明示、経済的に廉価という理由で原子力存続を押し進める政府の姿勢に疑問を呈しているのだ。
 筆者から見ても、今なお、最終処分場も決められない政府に、原子力発電・堅持を唱える資格はないだろう。あの深刻な事故から8年。原子力政策の抜本的な見直しが避けて通れない時期を迎えているのである。

町田徹
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