[2019_09_20_12]東電原発裁判 旧経営陣無罪 司法と市民感覚 隔たり 「組織罰」 導入求める声も 迷惑かけ申し訳ない 旧経営陣の3人 判決後コメント 東京地裁判決 旧経営陣の判断を擁護 政府津波評価には疑問(東奥日報2019年9月20日)
 福島第1原発事故を巡り、東京電力旧経営陣3人の刑事責任を否定した東京地裁判決は「事故が絶対に起きないレベルの安全性が求められたわけではない」と指摘した。「原発事業者は極めて高度な注意義務を負う」と強制起訴を決めた市民の感覚とは大きな隔たりがあった。企業が関わる大事故で、社内にいる個人の刑事責任を問う壁は高く、企業自体にぺナルティーを科す「組織罰」の導入を求める声がいっそう強まりそうだ。

 「沖に防波提を造る工事に4年かかる。原子炉を止めろと言われるリスクがある。(対策費の)数百億円の支出は容易ではなく、直ちに決めるのは難しかった」。東京地検が2012年、最大15・7bの津波が襲来するとの試算が出た08年当時の状況について、東電の地震対策センター所長だった山下和彦氏に事情聴取し、作成した調書にはこう記されていた。
 東電が津波の危険を知りながら経済的理由で対策を怠ったー。そんなストーリ−を想像させる内容だったが、その後、地検は告訴・告発されていた東電幹部ら全員の起訴を見送った。
 ある検察OBは「地検は当初、立件を目指して筋書きを措いて調書を作ったのだろうが、ほかの証拠で裏付けが取れず、手を引いたのだろう」との見方を示す。
 しかし、地検から証拠を引き継いだ検察官役の指定弁護士は、立証の柱の1つに「山下調書」を位置づけざるを得なかった。本人は病に倒れ、法廷に立つことはできず、調書だけが証拠採用されたが、東京地裁判決は、信用性に「疑義がある」と一蹴した。
 市民で構成する検察審査会は「ひとたび原発事故が起きると取り返しがつかなくなる。原発事業者は『万が一』にも備えなければいけない」と注意義務を高く設定し、検察の判断とは逆に刑事貢任追及へかじを切った。
 指定弁護士は、この市民感覚を「原発事業者は万全の対策を講じなければならず、そのために情報を収集する義務があった。何の契機もないのに情報収集すべきだったと言っているわけではなく、被告らは15・7bの試算などいくつもの情報に摸していた」との論理に落とし込み、有罪獲得を目指した。
 ただ、法律のプロからは「注意義務にげたを履かせている」との批判も。判決は、どの程度まで危険性を予見すべきかについて「合理的に予測される自然災害を想定したもの」でよいとし、事故のリスクをゼロに近づけることは求められていなかったと結論付けた。
 強制起訴制度のスタートから10年余り。対象となった9事件中、有罪確定は2件にとどまり、制度の見直しを求める声も上がる。ただ今回の裁判に意義がなかったわけではない。遺族の代理人を務めた海渡雄一弁護士は判決後の記者会見で「この裁判をやらなければ、検察が集めた会議録やメールが闇に葬られていた。重大な証拠が明らかになり、東電のやったことが適切だったのか、社会で議論ができるようになった」と強調した。
 東電のような巨大企業の場合、権限は社内で細かく分散されており、個人の過失責任を問うハードルは高い。法人に罰金などを科す「組織罰」の導入を求める動きも強まりそうだ。
 大規模事故の遺族らでつくる「組織罰を実現する会」副代表で、山梨県の笹子トンネル天井板崩落事故で長女を亡くした松本邦夫さん(68)は「『具体的な予見可能性がなかった』とする主張が金科玉条のように振りかざされ、経営幹部の責任逃れにつながっている。法人の刑事責任を問う制度の創設が必要だ」と指摘した。

 旧経営陣の3人 判決後コメント

 福島第1原発事故を巡り業務上過失致死傷罪で強制起訴された東京電力の旧経営陣3人は19日、東京地裁で無罪判決が言い渡された後、「事故により多大な迷惑を掛けて申し訳ない」とするコメントを出した。
 勝俣恒久元会長は「東京電力の社長・会長を務めていた者として改めておわびする」と謝罪。武黒一郎元副社長は「事故で亡くなった方々や負傷した方々にお悔やみとお見舞いを申し上げる」とし、武藤栄元副社長は「当時の東京電力の役員として改めて深くおわびする」とした。

 東京地裁判決 旧経営陣の判断を擁護 政府津波評価には疑問

 東京電力福島第1原発事故を巡る裁判でポイントとなった、政府が2002年に公表した地震の長期評価。福島県などが大津波に襲われる危険を警告しており、検察官役の指定弁護士は、事故前に東電が対策に乗り出すことができた重要証拠に据えた。しかし19日の東京地裁判決は「具体的な根拠を示さず、信頼性に疑いが残る」と受け入れなかった。その上で、これを採用しなかった当時の東電経営陣の判断を「相応の根拠がある」と擁護した。
 長期評価の取りまとめに当たり、裁判でも証言した島崎邦彦東京大名誉教授(地震学)は、専門家の間にも大きな異論はなかったと強調。「東電はこれまで、長期評価の信頼性をおとしめようと工作をしてきた。そのわなにはまった判決だ」と批判した。
 政府の地震調査委員会は02年、太平洋の海底を走る日本海溝で、江戸時代と明治時代に大津波を伴う地震が起きたことかち危険性を警告。大津波の記録がない福島県も例外ではないとしていた。
 判決は「日本海溝の北と南で津波の起き方が異なる」との学説もあり、専門家の意見が分かれていたと指摘。防災を担当する政府の中央防災会議や原子力安全・保安院(当時)、太平洋岸に原発を持つ東北電力などが長期評価をそのまま採用しなかったのは、調査委が福島県沖などで大津波が起きる具体的根拠を示さなかったためだとした。
 検察官役を務めた石田省三郎弁護士は記者会見し「裁判所が(判決で)踏み込んだ形で、科学的問題に介入していいのか」と疑問を示した。
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