[2021_03_11_05]原発特設サイト 東電福島第一原発事故 日本の原子力政策 原発事故10年 重大事故への備えはなぜできなかった(NHK2021年3月11日)
 
参照元
原発特設サイト 東電福島第一原発事故 日本の原子力政策 原発事故10年 重大事故への備えはなぜできなかった

 東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年。東京電力は、事故が起きる前に少しでも対策を打つことはできなかったのでしょうか。「過酷な事故への対策」と「津波への対策」の2つのテーマについて、原発事故の前の東京電力の対応をみていきます。

(1)過酷事故は想定せず

 過酷な事故、シビアアクシデントとも表現されますが、事故の前、福島第一原発では対策が不十分だったと言わざるを得ません。
 実は、国の要請を受けて、2002年までに配管の破断や非常用のディーゼル発電機の故障などといった、「設備の故障」などを起因とする事故については対策が進められていました。
 ただ、「地震や津波といった自然現象」を起因とする事故については、東京電力の担当者は影響が大きいことを予想していたものの、十分な対策は行われていきませんでした。
 当時、東京電力はどのように認識していたのか。
 東京電力が事故の2年後の2013年にまとめた、事故の総括と原子力安全改革プランによりますと、まず、当時の原子力経営層は、原発は特別なリスクを持つ事業であるという強い認識が不足し、安全性はすでに十分なレベルに達していると考えていたため、安全対策を「過剰なコスト負担」として経営リスクに分類していたということです。
 そして、洪水で電源を喪失するなどという、海外の原発で複数起きたトラブルをもとに、何らかの対策が実施されていたら、事故を少しでも緩和できた可能性があるとしています。
 当時、国の審査指針は、▽短時間の電源喪失に対して原子炉を安全に停止し、冷却を確保できる設計であること、▽長期間にわたる電源喪失は復旧が期待できるので考慮する必要はないとしていました。
 政府の事故調査・検証委員会は、指針が「短期間」と限定した根拠は不明だとしていますが、東京電力の事故の総括では、当時、すべての電源を喪失する事態が長時間起きる確率が十分に低いという国の指針にとらわれ、同様の事態が起きる可能性について考え直してみるという姿勢が不足していたということです。
 また、2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロも、過酷事故への対策を進めることができた機会でした。
 同時多発テロを受けて、アメリカの規制当局は原発でテロ対策を取るよう命令しています。
 実は、福島第一原発の事故対応で緊急的に行われた、消防車による注水や仮設バッテリーによる水位計の機能回復などの作業は、アメリカの原発がテロ対策として要求された対策と極めて類似したものでした。
 ただ、東京電力はアメリカの原発の対策を実施するには至りませんでした。
 背景について東京電力は事故の総括で、「テロ対策の国際的相場感が欠落または不足し、日本ではテロは起こりえないと思い込んでいた」などとした上で、「もし、当社においてもあらかじめ同様の対策が実施されていれば、事故の進展を少しでも緩和できた可能性がある」と記しています。
 これらの根本原因について東京電力は▽これまでの対策で十分と過信し、コストに見合わない対策を求められることをおそれ、規制当局が規制事項とすることに強く反対したこと。
 ▽自然現象やテロによってすべての電源が喪失して過酷な事故に至るリスクが、無視できないものと考えられなかったこと。
 ▽過酷事故対策の必要性を認めると、現状が十分に安全であると説明することが困難になり、国の設置許可を取り消すよう求める訴訟などに悪影響があると考えたこと。
 ▽それにリスクを社会に開示する必要性を感じていなかったこと、などがあったとしていました。
 このように、過酷事故に対する当時の東京電力の姿勢が、事故の規模を少しでも小さくできた機会を逃していくことになります。

(2)津波対策は事実上見送り

 福島第一原発を襲った津波は15メートル前後だったとみられます。
 こうした巨大津波に東京電力が事前に備えるチャンスがいくつかあったことがわかっています。
 東京電力は事故の前、福島第一原発で最大で5.7メートルの津波の高さを想定していましたが政府の地震調査研究推進本部が2002年に公表した「長期評価」が、より大きな津波のリスクに気付くチャンスのひとつでした。
 この長期評価は、過去の地震などを踏まえて三陸沖から房総沖の日本海溝沿いで、将来、どこでもマグニチュード8クラスの地震が発生する可能性があるとしました。
 これに伴って巨大な津波が発生する可能性があることを意味し、過去に津波が発生していない福島県沖でも起こる可能性を示したもので、2008年になって東京電力内部では最大で「15.7メートル」の津波の高さになるとの計算結果も示されていました。
 当時、規制当局からは、極めてまれではあるが発生する可能性がある「適切な津波」を評価するよう電力会社に義務づけるルールが設けられていて、東京電力の担当者たちは一時期、長期評価を「取り込まざるを得ない」として前向きな姿勢も見せていました。
 ただ、長期評価についてはその信頼性を疑問視する意見も専門家からあがっていました。
 東京電力では、津波を防ぐための防潮堤の建設費用が数百億円にのぼることなど、検討は進められていましたが、結局、技術的な妥当性が確認できないとして、これまで津波の高さを評価してきた土木学会に研究を依頼することとなったのです。
 この時点で対策は事実上、見送られることになりました。
 また、海外の原発で起きた津波被害の情報があったにもかかわらず、検討に生かせなかったこともわかっています。
 2004年にインドネシア・スマトラ島西方沖で起きたマグニチュード9.1の巨大地震では、津波が遠く離れたインドのマドラス原発にまで押し寄せ、原子炉の冷却に必要な海水ポンプが水没するトラブルが起きました。
 この巨大津波などを受けて、当時の規制当局だった原子力安全・保安院は2006年に「溢水(いっすい)勉強会」という会合を設け、東京電力など電力各社を交えて津波に対する安全上重要な機器の脆弱性を明らかにしていきます。
 この溢水勉強会の中で福島第一原発5号機では、14メートルの津波が入り込むと、安全上重要な冷却装置やポンプなどが軒並み使えなくなることがわかってきました。
 東京電力は、溢水勉強会について「対策の中には有効なものが含まれていたが、土木学会の評価手法は十分な保守性を有していると考えていたために、これらの対策は真剣に検討されることはなかった」としています。
 一方、溢水勉強会を担当した当時の規制当局の関係者は、福島第一原発などでは津波に対する余裕がほとんどないため、対応するよう議論してきたが、電力各社から前向きな対応がなく、具体的な議論がほぼできなかったと振り返っています。
 そして、東京電力では、2010年に他社の原発で津波対策が進められていることを機に、土木学会の審議を待ってからでは対策が遅れると担当者が懸念し、社内にワーキンググループを立ち上げて本格的な対策の検討を始めますが、2011年3月11日には間に合いませんでした。
 東京電力は、事故の総括で、土木学会の検討だけに頼らず、自ら必要な対策を考えて止水や予備電源などの対策を実施していれば、一定の影響の緩和が図られ、大量の放射性物質の放出という最悪の事態は防げた可能性があるとしました。
 その上で、問題点などを整理した結果、▽設備設計の担当部門は、想定を超える津波に襲われた場合、深刻な事態に陥って炉心溶融につながりかねない事態に至ることを軽視したこと。
 ▽地震調査研究推進本部の見解も多数の専門家が集まって出した結論であり、土木学会だけに頼らず、真摯に(しんし)提言に耳を傾ける姿勢が旧原子力経営層に不足したことなどを挙げています。
 また、対外的な面にも問題点があったとしています。
 具体的には、▽設備設計の担当部門は、津波対策の必要性を認めると、その時点では原発が安全でないとして立地自治体や規制当局から過剰な対応が求められると思い込んだほか、▽想定を超える津波の可能性を積極的に社外に説明することに躊躇したということです。
 東京電力の元経営幹部の1人は、NHKの取材に対して事故を振り返り「『原発は安全です』と対外的に説明を続けてきたことで、反対に何か改善などが必要となったときに言いづらくなってしまう、いわゆる『安全神話』の呪縛に当時はとらわれていた。いきなり、大きな対策をする必要はなく、小さな対策から積み重ねることで備えを強化できたのでないかと後悔する」と話していました。

教訓は生かされているのか

 原子力規制委員会は、新潟県にある東京電力柏崎刈羽原発6号機と7号機の再稼働の前提となる審査の中で、原発の管理の手順などをまとめた「保安規定」に、原発事故に対する考え方と姿勢を明記するよう、異例の要望を出していました。
 これは、東京電力が事故を起こした電力会社であるためです。
 東京電力は▽事故のリスクは不確実なものでも社長に報告した上で、安全上重要な判断を社会に発信すること。
 ▽経済性より安全性の確保を前提とすること。
 ▽社長が原子力安全の責任を負うこと。
 ▽さらに、対応の記録を廃炉にするまで保存すること、など会社としての考えを示し、規制委員会はこれらの内容を了承しました。
 また、規制を行う原子力規制委員会にも、原発事故を繰り返さない対応が強く求められています。

 前身の原子力安全・保安院は、結果として事故を防ぐことができず、解体されました。国会の事故調査委員会の報告書では、保安院は、原子力の安全に対する監視・監督機能を果たせず、専門性の欠如などの理由から「事業者の虜(とりこ)」となったなどと厳しく指摘していました。
 事故を教訓に発足した規制委員会は、審査に合格した原発であっても新しい知見が明らかになれば電力事業者に対策を求め、場合によっては原発の運転の停止を命じることもあるとしています。
 国内外の原発の安全性に関する新しい知見、そして最新情報を集め、不確実なリスクについても広く国民と共有していく。
 そして、安全神話にとらわれず、必要な対策を事前に進めリスクの芽を摘んでいく。
 そんな柔軟な対応がとれるのか。
 原子力という特別なリスクを抱える施設を運営する電力事業者は当然として、原子力規制委員会、そして国、立地自治体。
 関わるすべての組織や団体に突きつけられた課題です。
KEY_WORD:FUKU1_:HIGASHINIHON_:KASHIWA_:TSUNAMI_:SUMATORA_: