[2021_05_27_01]100年たっても取り出せない 福島原発事故の「デブリ」=小出裕章(サンデー毎日×週刊エコノミスト2021年5月27日)
 
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100年たっても取り出せない 福島原発事故の「デブリ」=小出裕章

 2011年3月11日に発生した東京電力福島第1原子力発電所の破局的な事故(フクシマ事故)の災禍は、今もなお続いている。放射能汚染水の取り扱いなどは今まさに直面している焦眉(しょうび)の課題だが、ここでは廃炉を完了させるに当たって避けては通れないデブリ(熔融(ゆうよう)した核燃料と原子炉構造物等が混合した残がい)の回収が不可能である、という点に絞って記すことにする。
 フクシマ事故で問題となる核分裂生成物のうち、人間に対して最大の脅威となる放射性物質は「セシウム137」だ。日本政府によると、フクシマ事故では広島原爆がばらまいた168倍のセシウム137が大気中にばらまかれたという。「原子力緊急事態宣言」が当日発令され、その宣言は10年を経た現在も解除できないまま続いている。炉心には広島原爆の約7800発分のセシウム137が存在していた。

◇破損状況さえいまだ不明

 日本政府と東京電力(当時、現東京電力ホールディングス〈HD〉)は11年12月21日、フクシマ事故を収束させるための工程表(ロードマップ)を作成した。デブリをつかみ出し、安全な容器に封入し、30〜40年後にはそれを敷地外に搬出するという計画で、彼らがイメージしたのは1979年に米国スリーマイル島原発で起きた炉心熔融事故後の作業だった。
 しかし、スリーマイル島原発は米ウェスチングハウス(WH)社が開発した加圧水型軽水炉(PWR)を使っていたのに対して、福島原発は米ゼネラル・エレクトリック(GE)社が開発した沸騰水型軽水炉(BWR)を使用していた。PWR型はBWR型に比べて圧力容器鋼材の厚さが厚い。そしてBWRの場合には圧力容器底部に制御棒駆動機構などのパイプが多数貫通している一方、PWRの圧力容器の底は一体成型になっている。そのため、スリーマイル島事故では炉心が熔けて圧力容器の底に落ちたが、圧力容器の底は抜けなかった。熔け落ちた炉心は圧力容器内にとどまり、圧力容器内を満水にすることもできた。実際、事故発生から7年半たって圧力容器のふたを開放したところ、熔けた炉心を視認することができ、上方向につかみ出すことができた。
 一方、国と東京電力の工程表は、デブリが圧力容器の底を熔かし、一部が原子炉格納容器の床に落ちたことを認めている。しかし、デブリはペデスタル(圧力容器を支える円筒形のコンクリート製の台座)の中に饅頭のように堆積していると彼らは期待した。もしそうであれば、格納容器と圧力容器のふたを開ければ、上方向から熔け落ちたデブリを見ることができるし、上方向につかみ出すことができる。願望に基づいて彼らが作成したのが図1だ。この図に基づいて彼らが計画した作業は大きく分けて三つだ。@格納容器の破損部を探し出して修理する、A格納容器内に水を満水にし、水によって放射線を遮蔽する、B格納容器の上部に特殊な工具を設置し、デブリをつかみ出して専用の容器に封入する。
 格納容器はもともと放射能を閉じ込める最後の防壁として設計、製造されたものであるから、完璧に気密でなければならないし、水など漏れてはいけない。しかし、事故後、熔け落ちた炉心を冷却するために圧力容器内に水が注入されているが、水は格納容器内には全くたまらず、原子炉建屋に流れ落ちてしまっている。格納容器のどこが、どのように破損しているかすら、事故から10年たった今でも、分からない。
 @の作業が成し遂げられたとしよう。次は、高レベルの放射線を遮断するため、格納容器内に水を満たす必要があるが、もともと格納容器内部は空気あるいは窒素を入れる設計になっている。そこに水を満水にするようなことをすれば、格納容器がさらに損傷する危険が生じる。Aも無事に達成できれば、Bに着手し、今は影も形もないデブリの取り出し装置を作り、デブリをつかみ出すことになる。
 しかし、ペデスタルには定期検査の時に作業員が内部に入るための通路が開口している。原子炉事故の専門家たちは、もし炉心が熔け落ちるような事故が起きれば、デブリがペデスタルの通路から外に出て、格納容器の内壁を損傷させるだろうと考えてきた。やはり、東京電力が実施した現場の調査で、デブリはペデスタルの壁と格納容器の壁の間に流れ出てしまっていることが分かった。つまり、上方向からデブリが存在する場所を見ることも、上方向につかみ出すこともできない。国や東京電力もその事実を認め、15年6月12日に工程表を書き換えた。

◇現実的なのは「閉じ込め」

 改定された工程表では、格納容器の横に穴を明けて、気中に露出するデブリをつかみ出す「気中−横アクセス工法」(図2)が最有力と言いだした。しかしその方法では、水によって放射線を遮蔽することができないうえ、放射性物質が気中に飛び出してきて、作業員の大量の被ばくが避けられない。その上、デブリの一部は圧力容器の底に残っていると推測されるため、横方向からではつかみ出せないデブリが残ってしまう。
 そのため、国と東京電力は格納容器内のデブリは横方向に、圧力容器内のデブリは上方向につかみ出すと言うようになった(原子力損害賠償・廃炉等支援機構、「東京電力HD 福島第一原子力発電所の廃炉のための技術戦略プラン 2020」、2020年10月6日)。しかし、いずれの作業もそれが成し遂げられる可能性は極めて低く、つかみ出せるデブリはごく一部のものにならざるを得ない。仮に50%のデブリをつかみ出せたとしても、50%が残ってしまうのであれば、デブリをつかみ出すことの意味がない。
 結局できることは、原子炉建屋全体を、かつての旧ソ連・チェルノブイリ原発事故の時に行ったように石棺(コンクリート製の構造物)で覆って、放射能を閉じ込めるしかない。チェルノブイリ原発では当初作った石棺が30年で劣化し、16年11月にさらに巨大な第2石棺で全体を封じた。しかしこの方法でもいつかの時点でデブリを取り出し、安全な容器に封入する作業をしなければならない。福島でも同じ道をたどるしかないが、そこに至るまでには100年以上の歳月がかかるだろう。100年たてば、セシウム137は10分の1に減る。しかし、それでもまだ広島原爆の数百発分がデブリには残る。国や電力会社は「事故収束はできる」と言い続けているが、デブリは100年たっても取り出すことはできない。

(小出裕章・元京都大学原子炉実験所助教)
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