[2022_01_07_04]月基地や火星探査に原子炉(島村英紀2022年1月7日)
 
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月基地や火星探査に原子炉

 月面で初めての有人基地が、米国やロシアによって、いまにも開設される意気込みである。
 米国航空宇宙局(NASA)の有力な候補地として月の南極のエイトケン盆地のクレーターが挙げられている。ここは直径2500キロメートル、深さ13 キロメートルもあり、太陽系内で有数の巨大クレーターだ。
 地球から直接見ることができない月の裏側だが、ここは衝突で月深部の物質が掘り出されていると考えられ、月や太陽系の地質学上大きな興味を持たれている場所だ。
 しかし、その内部は常に太陽の影になっていて、ソーラー発電が使えない。また月の夜は、そもそも14日間も続くために、やはりその間ソーラー発電が使えない。
 このため、ソーラー発電はだめで、このためにNASAが開発しているのが原子力発電だ。
 いま企画されているのは超小型原子力発電システムだ。超小型とはいっても、最低でも40キロワットの電気を供給できる。これは30世帯分の電気を10年間まかなえるものだ。
 この先、アルテミス計画で月基地の次の目標である火星探査にも使うことを考えている。火星では季節によって巨大な砂嵐が発生する。これはときに火星全体を包み込むほどで、それが数ヶ月も続く。太陽から遠いこともあり、やはりソーラー発電は使えない。
 いままで米国は慎重だった。人工衛星に搭載するのは原子炉ではなくて、プルトニウム238のような放射性同位体の崩壊熱を利用して熱電効果で発電したり、その熱を利用して保温したりといった使い方だった。
 これに対して旧ソ連は積極的だった。1960年代から原子炉を積んだ人工衛星を盛んに打ち上げた。
 そのひとつが「コスモス954号」だった。多量の電力を使うレーダー海洋偵察衛星で同種のものが31機打ち上げられた。
 「コスモス954号」は1978年にカナダに墜落して、放射性物質をまきちらした。運用終了後の原子炉を分離して高度の高い軌道へ移動させるのが当初の予定だった。だが、これに失敗して地上に墜落したのだ。
 600キロメートルもの広大な範囲に飛び散る事態となった。幸い、多くは無人の荒野だった。
 カナダ側は米国の応援も得て、9ヶ月以上にわたった放射性物質を取り除く作業が行われた。カナダ政府は被害額は1400万ドル(カナダドル)=約13億円=に上ると発表し、ソ連に対して賠償を請求した。1981年にソ連は支払いに同意した。しかし回収できた核燃料は全体の1%程度にすぎないと見積もられている。
 米国も月基地や火星探査に多量の電力を使うために、いままでの慎重さを捨てて、宇宙に原子炉を送り出すことにしたのである。しかも、宇宙ロケットの推進機関として、いままで使われてきた化学燃料ではなくて、ずっと軽くて小さい原子力推進も視野に入れている。
 宇宙の華やかな競争の陰で、原子炉の開発が行われているのだ。
 空から原子炉が降ってくる時代。墜落する衛星は下を見て落ちてくれるわけではない。今度は都会かもしれないのだ。
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