[2020_02_01_06]原発を「動かした裁判官」「停めた裁判官」そのキャリアの大きな違い(現代ビジネス2020年2月1日)
 
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原発を「動かした裁判官」「停めた裁判官」そのキャリアの大きな違い

 裁判官の世界ではどんな人物が「出世」するのか。原発再稼働をめぐる裁判で、原発を「動かした裁判官」と「停めた裁判官」のキャリアをつぶさに見ると、その傾向が見えてくる。裁判官たちの素顔に迫った『裁判官も人である 良心と組織の狭間で』を上梓したジャーナリストの岩瀬達哉氏による寄稿。

裁判実務一筋

 興味がそそられるのは、原発を停めた裁判長と、原発の再稼働を認めた裁判長では、その経歴において際立った違いがあることだ。
 原発の安全性や電力会社の技術的能力などを厳しくチェックする裁判長は、地方裁判所などで各種各様の裁判をこなしてきた人が多いのに対し、最高裁事務総局に勤務経験のあるエリートと称される裁判長は、原発の安全性は行政庁によって保障されているとの前提のもと、再稼働を容認する傾向にある。
 ちなみに原発訴訟の特徴は、原発の立地県の住民だけでなく、事故が起こった際にその影響を受ける他府県の住民もまた、行政区域を越えて運転差し止め訴訟を起こせるところにある。
 たとえば、高浜原発について言えば、事故が起これば琵琶湖が汚染され、滋賀県民が被害を受ける。そのため、福井県高浜町から65キロ離れた大津地裁にも、高浜原発に対し、運転差し止めを求める仮処分申請が持ち込まれた。
 これを審理した大津地裁の山本善彦裁判長(40期、当時61歳)は、大阪地裁を振り出しに横浜、神戸、鹿児島などの地裁で裁判実務一筋に歩んできた。「おとなしく、目立たないが、記録をよく読み、よく考え、事実を見る目は確かな人」と言われている。その山本裁判長は、2016年3月9日、高浜原発の再稼働禁止を言い渡した。
 同決定書は、その理由をこう述べている。
 「原子力発電所による発電がいかに効率的であり、発電に要するコスト面では経済上優位であるとしても、それによる損害が具現化したときには必ずしも優位であるとはいえない上、その環境破壊の及ぶ範囲は我が国を越えてしまう可能性さえある」
 「新規制基準において、新たに義務化された原発施設内での補完的手段とアクシデントマネジメントとして不合理な点がないことが相当の根拠、資料に基づいて疎明されたとはいい難い」
 「福島第一原子力発電所事故を踏まえた過酷事故対策についての設計思想や、外部電源に依拠する緊急時の対応方法に関する問題点……、耐震性能決定における基準地震動策定に関する問題点……について危惧すべき点があり、津波対策や避難計画についても疑問が残る……よって、主文のとおり決定する」

再稼働を決めたエリート裁判官

 この決定に対し、二審に相当する仮処分の保全抗告審を担当した大阪高裁の山下郁夫裁判長(31期、当時62歳)は、正反対の判断を下し、逆転で原発の再稼働を容認した。新規制基準は最新の科学的、技術的知見に基づいているうえ、高浜原発は新規制基準に適合していて安全性が担保されているとしたのだ。この人も局付経験者で、最高裁調査官を務めたトップエリートである。
 九州電力の川内原発(1号機&2号機)に対する運転差し止めの仮処分申請にしても、鹿児島地裁の前田郁勝裁判長(46期、当時57歳)は、「新規制基準の内容に不合理な点があるということにはならない」として再稼働を容認し、福岡高裁宮崎支部の西川知一郎裁判長(37期、当時55歳)は、その判断を維持した。西川裁判長もまた局付経験者で、最高裁調査官を務めたエリート裁判官である。
 西川裁判長は、この決定において原発はそもそも安全ではないという事実を正面切って取りあげた。この判断枠組みは、原発再稼働へ向けた司法判断を固定させるフシが感じられるもので、それまで誰も表だって口にしてこなかったタブーを白日のもとに晒すことで、審理のポイントをより明確化したのである。
 同決定書は、原発事業からリスクを排除することは不可能として、こう述べている。
 「新規制基準に反映された科学的、技術的知見が最新のものであるとしても、科学的技術的知見に基づく将来予測には、……不確実性が不可避的に存し、予測を超える事象が発生する可能性(リスク)は残るのであって、本件原子炉施設において策定された基準地震動を上回る地震動が発生する可能性(リスク)は零にはならない」
 「自然現象等の影響等により重大事故等対処施設が正常に機能せず、あるいは現場の混乱等により人為ミスが重なるなどの不測の事態が生じる可能性も皆無ではない」
 しかし、そのような排除しきれないリスクを抱えているものの「新規制基準の定めを全体としてとらえた場合には、発電用原子炉施設の安全性を確保するための極めて高度の合理性を有する体系となっている」。そうである以上、住民らの「生命、身体に直接的かつ重大な被害が生じる具体的な危険が存在するということはできない」として、一審の再稼働容認を支持したのだ。
 この決定を換言すれば、住民が求める安全性、つまりは「ゼロリスク」を保障しようとすれば、時間と費用が嵩むばかりで、いつまでたっても原発を稼働させることはできない。福島第一原発の事故後、行政庁が定めた高度の合理性を有する新規制基準をクリアーしていることを電力会社が立証できれば、住民の不安は解消されなくても稼働を容認するというものだ。

入れ替わった判断

 西川裁判長が示した「ゼロリスク論」を排除した判断枠組みは、早速、原発訴訟を担当する裁判官たちが「参照」することになる。なかでも象徴的だったのが、四国電力の伊方原発3号機をめぐる広島地裁と広島高裁における3人の裁判長の判断だろう。
 原発再稼働を容認した地裁の裁判長に対し、ベテランの高裁裁判長が待ったをかけたものの、すぐさま同僚の高裁裁判長によって退けられ、最終的に再稼働の決定が下された。
 広島地裁の吉岡茂之裁判長(48期、当時47歳)は、2017年3月30日の決定書で「福岡高裁宮崎支部の決定を参照するのが相当」と断ったうえで、「四国電力は……具体的危険がないことについて、仮処分で求められる程度の立証をした」として再稼働を容認した。吉岡裁判長もまた、司法研修所教官を務めたエリートである。
 ところがこの決定を不服として、住民側が起こした即時抗告審で、広島高裁の野々上友之裁判長(33期、当時64歳)は、約9ヵ月間の審理ののち地裁の決定を覆し、高裁裁判長としてはじめて原発の運転禁止を命じた。
 同判決要旨は、最新の科学的知見をもとに専門家が分析したところ、約9万年前に阿蘇山で大規模な噴火が起きていることが判明している。その際噴出した火砕流は、海峡を越え130キロ離れた伊方原発の敷地エリアまで到達していた。
 阿蘇山の大規模な破局的噴火は、原則40年とされる原発の運転期間中に発生する可能性があるうえ、国内最大の活断層である中央構造線断層帯に近いため、噴火リスクだけでなく、地震や津波などによって原発が壊滅的打撃を受ける可能性がある。そもそも立地に適さないエリアに伊方原発は建設されているとして、再稼働を禁止したのである。
 リスク以前に、そもそもこの地に原発を設置した行政の誤りを指摘するとともに、原発行政に事実上の「治外法権」を認めようとする裁判官たちの姿勢を批判するものだった。
 当然、四国電力は、この高裁決定に不服を申し立て、その異議審を審理した広島高裁の三木昌之裁判長(36期、当時62歳)は、2018年9月25日、稼働禁止の仮処分決定を取り消し、再稼働を認めている。
 シーソーのように入れ替わった判断の理由を、三木裁判長は同決定要旨でこう示した。「破局的噴火は、他の自然災害などとは異なり国家の解体、消滅をもたらし得る大規模な災害」であるものの、現時点ではその差し迫った動きがみられない。
 そうである以上、「これを具体的危険として認めず、抽象的可能性にとどまる限り容認する社会通念が存する」。また四国電力は、住民らが「その生命、身体に直接的かつ重大な被害を受ける具体的危険が存在しないことについて、主張、疎明を尽くした」。

定年前だった高裁の裁判官

 このふたつの高裁判決を見比べて、元裁判官はこう述べた。
 「原発を停めた野々上裁判長は、この判決から8日後に定年退官を迎えていて、稼働を認めた三木裁判長の決定が下された時には高裁にはいない。しかし二人は、それまで同じ高裁で、始終顔を合わせていたわけですから、先輩裁判官が停めた原発を動かすなら、もう少し説得力のある論理を示さなければ恥ずかしいはずなんですね。理屈にならない『へ理屈』でもって、再稼働を容認したということは、はじめに稼働ありきの判断だったということでしょう」

岩瀬 達哉(ジャーナリスト)
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