[2021_04_14_01]原発処理水放出、反故にされた「漁師との約束」 「本格操業再開」移行前の方針決定に強まる反発(東洋経済オンライン2021年4月14日)
 
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原発処理水放出、反故にされた「漁師との約束」 「本格操業再開」移行前の方針決定に強まる反発

 政府は4月13日、東京電力ホールディングス・福島第一原子力発電所の敷地内に貯まり続けている放射性物質トリチウムを含んだ水(ALPS処理水)を海洋に放出する方針を決めた。
 経済産業省によれば、福島第一原発の敷地内のタンクに保管されている水に含まれているトリチウムの総量は約860兆ベクレル。原発事故前の放出管理値である年間約22兆ベクレルを上限として、海水で希釈し、数十年かけて海に放出する。
 原子力規制委員会による許認可の取得や配管などの建設を経て、現在のタンクが満杯になる直前の2年後をメドに処分を開始する。梶山弘志経済産業相は13日の記者会見で、「(トリチウムを含んだ水の海洋放出は)長年の懸案事項となっていたが、(原発の廃炉や福島の復興のために)前に進めなければならない」と述べた。

方針決定のどこに問題があるのか

 原発事故で炉心溶融(メルトダウン)を起こした核燃料は「燃料デブリ」と呼ばれ、冷却のために原子炉に注水が行われてきた。また、東日本大震災による損傷を受けた原子炉建屋には、コンクリートに生じた無数の亀裂などから地下水が流入している。
 それらが混じり合って発生した汚染水をALPS(高性能多核種除去設備)と呼ばれる設備によって浄化処理したものが「ALPS処理水」だ。
 福島第一原発構内に貯まり続けているALPS処理水の総量は約125万トン。およそ1000基のタンクで保管されている。国や東電は、処理水が保管されているタンクを減らさないと、燃料デブリ取り出しなどの廃炉作業のスペースが確保できなくなると説明している。
 しかし、今回の方針決定には問題があると言わざるをえない。まず何よりも、関係者の反対を押し切って方針を決定したことが挙げられる。


 経済産業省および東電は2015年8月、ALPS処理水について、「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」と福島県漁業協同組合連合会に書面で回答している。今回の方針決定は、そうした約束を反故にするものに等しい。
 今回の決定に対して、漁業関係者は強く反発している。全国漁業協同組合連合会(全漁連)は13日付けで声明を発表。2015年の回答を引き合いに出したうえで、「なぜこの回答を覆したのか。福島県のみならず、全国の漁業者の思いを踏みにじる行為である」と抗議した。
 東電は2015年当時、原子炉建屋への地下水流入を抑制するため、原発の敷地内に設けた井戸から地下水をくみ上げた上で海洋に放出する方針を表明。その際に、いったん燃料デブリに触れて発生したALPS処理水については海洋放出せずに「発電所敷地内のタンクに貯留する」と確約した。しかし、わずか6年でその約束を破ろうとしている。

事故後も続く漁業の販売不振

 漁業関係者の実情は深刻だ。福島県では原発事故翌年の2012年から試験操業と呼ばれる、日数や対象魚種を制限した漁が続けられてきた。魚介類に含まれる放射性物質の量を測定し、県漁連が独自に設けた基準を下回る魚種だけを市場に流通させてきた。
 現在ではほとんどの魚種について放射性物質の量は検出限界値以下となっているが、販売不振は続いている。原発事故直前の2010年に2万5879トンだった福島県の沿岸漁業および海面養殖業の水揚げ量は2020年には4532トンと、事故前の2割以下の水準にとどまっている。
 福島県産の水産物を敬遠する消費者が少なくないうえ、仲買人などの流通業者が減少していることが販売不振の理由としていまだに挙げられている。
 復興への足がかりをつかむべく、福島県漁連は漁の回数などを制限する試験操業を3月末で終了させ、4月からは本格操業に向けての移行期に入った。その矢先にALPS処理水の海洋放出の方針が示された。
 福島県新地町の漁師・小野春雄さん(69)は「国の説明は不十分で到底納得できない」という。小野さんは3人の息子とともに試験操業を続けているが、「ALPS処理水が海に流されたら魚が売れなくなる。息子に後を継がせることもできなくなる」と危機感を強める。
 相馬原釜魚市場買受人協同組合の佐藤喜成組合長は「あまりにも一方的な決め方で納得できない」と話す。そのうえで「仲買人の多くは事業を継続できなくなるのではないか」と危惧する。
 漁師と仲買人、水産加工業者はクルマの両輪だ。しかし、東電は2015年に原発事故と相当因果関係がある損害を被った商工業者を対象に、年間の逸失利益の2倍相当額を一括で支払った後、事実上の損害賠償をほとんど行わなくなっている。その中には仲買人や水産加工会社も含まれる。
 つまり、仲買人や水産加工業者のほとんどは事実上、東電の賠償を打ち切られているとみられる。

打ち切られた東電の賠償

 東電によると、商工業者による「一括賠償後の追加賠償の受付件数」が2021年2月末で約1020件に達しているのに対して、賠償で合意した件数はわずか29件にとどまる。これは、賠償の請求をしてもほとんどの場合、東電が事故との相当因果関係が確認できないとして、賠償の支払いを拒否していることを意味している。実際、この1年間賠償はほとんど進んでいない。
 佐藤組合長が経営する水産会社も売り上げが大きく落ち込んでいるのに、すでに賠償を打ち切られているという。
 今回の処理水放出方針の決定を受けて、国は販売促進などの風評被害対策をしっかり実施したうえで、それでも発生した被害について、「被害の実態に見合った必要十分な賠償を迅速かつ適切に実施すること」を基本方針に掲げている。
 しかし、今までの東電の対応が急に改まる保証はなく、多くの関係者が泣き寝入りを強いられる可能性が高い。佐藤組合長も「国や東電への不信感は強い」と指摘する。
 「ALPS処理水の海洋放出は漁業復興の足かせになる。海洋放出ではない、ほかの選択肢も真剣に検討してほしい」。福島県いわき市にある小名浜機船底曳網漁業協同組合の柳内孝之理事の訴えも切実だ。
 最も困難に直面している人々の声に耳を傾けずして、国や東電がいう廃炉や福島の復興など実現できるはずがない。
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