【記事88690】東電旧経営陣無罪 刑事裁判での究明に限界(熊本日日新聞2019年9月20日)
 
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東電旧経営陣無罪 刑事裁判での究明に限界

 2011年3月の福島第1原発事故を巡り、東京地裁は19日、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東京電力の勝俣恒久元会長(79)ら旧経営陣3人に、いずれも無罪の判決を言い渡した。
 起訴状は、3人は大津波を予見できたのに対策を怠り、東日本大震災による高さ10メートル超の津波による浸水で原発の電源を喪失。水素爆発などにより長時間の避難を余儀なくされた双葉病院(福島県大熊町)の入院患者ら44人を死なせるなどした、としていた。
 しかし判決は、3人は原発の敷地の高さを超える津波が襲来するという具体的な可能性は認識しておらず、事故を防げなかった過失はない、と結論付けた。
 司法に市民感覚を反映させる目的で導入された強制起訴制度により法廷に持ち込まれた裁判だったが、未曽有の被害に対する責任の所在追及を求めた民意に応えた判決とは言い難い。被災者にとっても受け入れ難いものだろう。
 公判は(1)第1原発の敷地の高さを超える大津波を具体的に予測できたのか(2)対策を講じていれば事故を回避できたのか−の2点を中心に争われた。
 検察官役の指定弁護士は、国の地震予測「長期評価」を基にした大津波の試算が08年に出ていたことを根拠に、旧経営陣は事故を予見できたのに安全対策を先送りしたと主張。これに対し、被告3人は長期評価について「成熟性がなく、専門家から疑問が出ていた」と信頼性を否定していた。
 判決は、国の長期評価の「信頼性には限界があった」と3人の主張を支持。「津波についてあらゆる可能性を想定し必要な措置を義務づければ、原発の運転はおよそ不可能になる。運転を停止すれば地域社会に一定の影響を与えることも考慮すべきだ」と判断した。
 原発事故の責任追及は民事裁判でも続いている。「東電は津波を予見でき、事故を防げた」とした判決も多く出されてきたが、個人の責任を問う刑事裁判では、より厳密に立証することが求められたようだ。しかし、運転停止の影響にまで言及し安全対策の必要性を狭く捉えた判断は、刑事責任追及のハードルを非常に高くしたと言えるのではないか。
 原発事故から8年半が過ぎたが、約4万2千人の福島県民は今も県内外での避難生活を強いられている。長引く避難生活のために命を落とした「災害関連死」も、全体の6割超にあたる2272人が福島県の関係者だ。
 原発の安全を確保する責任が誰にあるのかはっきりしないままでは、東電、さらには原発への不信もなくなるまい。
 判決は、自然災害に起因する企業の重大事故の原因を刑事裁判で究明することの限界も示した。再発防止のためには、原因究明を中途半端な形で終わらせてはならない。裁判以外での取り組みを進めるとともに、関係者に刑事免責を与え証言義務を課す制度や、組織の責任を問う「企業罰」創設なども検討する必要があろう。
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