【記事88070】福島原発事故の刑事責任を問う裁判 「放射能汚染と向かい合うための基礎知識(20)」 今中哲二(京都大学複合原子力科学研究所研究員)(たんぽぽ舎2019年9月7日)
 
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福島原発事故の刑事責任を問う裁判 「放射能汚染と向かい合うための基礎知識(20)」 今中哲二(京都大学複合原子力科学研究所研究員)

 この9月19日に東電刑事裁判の判決が予定されているので、今回は特別にこの裁判について説明しておく。
 〔経緯〕2012年6月、被災住民ら約1300人が、東電や政府の原子力関係者33名を業務上過失致死傷罪などで福島地検に告発(告発者はその後約1万5000人に)。捜査を担当した東京地検は2013年9月、全員不起訴処分を決定。告発人らの申し立てを受けて審議していた東京地裁・第五検察審査会は2014年7月、東電幹部3人を「起訴相当」1人を「不起訴不当」と議決。再捜査を行なった東京地検は2015年1月、東電幹部4人に再度不起訴の判断。第五検察審査会も再び審議を始め2015年7月、東電幹部3人を「起訴相当」と議決し、東電元会長・勝俣恒久、元副社長・武黒一郎、元副社長・武藤栄の強制起訴が決まった。2015年8月、東京地裁は検事役を務める指定弁護士3人を指名(のちに2人追加された)。
 2016年2月、指定弁護士が起訴状を提出。2017年6月に初公判が開かれ、以降2019年3月までに37回もの公判が開かれた。被告3名に対しては「禁固5年」が求刑され、この9月19九日に判決が下される。〔争点〕裁判では、「被告らが予見される津波に対してしかるべき対策をとらなかった」という過失の有無が争われている。被告側の主張を簡単に言えば、「津波は想定外であり予見できなかったので過失はない」というものである。
一方、公判を通じ、津波の予見可能性についてさまざまなことが明らかになっている。時系列でみてみよう。

・福島第一原発の設置許可(1966年)で想定されていた津波高さは、1960年のチリ津波に基づいて3.1mだった。
・奥尻島津波(1993年)などの経験から「既往最大」の津波対策では不十分となり、2000年に電事連の会議で日本の各原発の津波影響を比べてみると、福島第一は津波に対して最も弱い原発であった。
・2002年7月、阪神淡路震災をきっかけに地震防災を推進するために設置された地震調査研究推進本部が、福島県沖の日本海溝でM8級の津波地震が発生する可能性についての長期予測を発表。東電は、長期予測は信頼できないとする工作で対応。
・2006年1月、2004年のスマトラ島沖地震と津波をうけ、保安院や電力会社が「溢水勉強会」を立ち上げた。想定外津波が来ると全電源喪失に至るという共通認識。
・2006年9月、原子力安全委員会が「耐震設計審査指針」を改訂。既存の原発も、津波対策を含めたバックチェックを2009年6月までに要求される。
・2008年3月、東電内部の計算で福島第一の津波高さが最大で15・7mになると判明。技術グループは防潮堤の建設を提案。
・2008年7月、防潮堤の設計や費用を検討する会議で、武藤副社長がバックチェックを先送りすることを決定。
・2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震発生。

 刑事裁判の経過は、東電や保安院の責任者たちが「原発は危険だ」と思っていたら回避できたはずの事故であったことを示している。

     (「思想運動」2019-9-1発行 No1044より了承を得て転載)
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