【記事76170】東電社員 巨大津波対策 事故前に検討と証言(NHK2018年10月16日)
 
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東電社員 巨大津波対策 事故前に検討と証言

 福島第一原発の事故をめぐり東京電力の旧経営陣3人が業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴された裁判。これまでの裁判では、原発事故の前、東京電力の社内で巨大津波に備えた対策が、具体的に検討されていたことが社員たちの証言からわかってきました。
 このうち、津波対策を担当していた社員は、平成14年に、政府の地震研究調査推進本部が公表した福島県沖で巨大な津波を伴う地震が起きうるという「長期評価」について、「権威のある組織の評価結果であることなどから、想定の見直しに取り入れるべきだと思った」と証言しました。
 また、社員の上司だった元グループマネージャーも、「津波対策を取ることについて社内を説得しなければならないと考えていた」と証言し、現場レベルでは「長期評価」を採り入れるべきという認識が共有されていたことが示されました。
 そして社員は、平成20年6月に、「長期評価」に基づいて、津波が15.7メートルに達するという想定を武藤元副社長に説明しましたが、翌月、さらに時間をかけて専門家に検討を依頼するという方針を告げられ、「津波対策を進めていくと思っていたので、予想外で力が抜けた」と証言しました。
 一方、説明に同席していた元グループマネージャーは、「私も想定は信頼性が低いと考えていた。元副社長の話は合理的だと感じた」と証言し、受け止めには違いが表れました。
 また、社員は武藤元副社長の判断のあと、平成21年に、社内の別の部署と連携して津波対策に取り組むグループを立ち上げることを上司に提案したと証言し、この時は「必要ない」と言われたものの、事故の前年の平成22年になって「津波対策ワーキング」が設けられたことを明らかにしました。
 事故の前までに対策が取られることはありませんでしたが、東京電力の社内では、具体的な検討が進められていたことが明らかになりました。

背景に東電の経営事情か

 裁判では、津波対策を保留し、専門家に検討を依頼した東京電力の判断の背景に、経営が抱える事情があったことをうかがわせる元幹部の供述も明らかにされました。
 東京電力で津波対策を行う部門のトップを務めていた元幹部から検察が聴取した供述調書では、「平成20年2月に勝俣元会長や武藤元副社長らが出席する通称“御前会議”で、津波の想定の引き上げで新たな対策が必要になることを報告し、異論なく了承された」としています。
 しかし、この裁判で武藤元副社長の弁護士は「“御前会議”で新たな津波対策の必要性などは議論されていない」と主張していて見解の食い違いが明らかになりました。“御前会議”のあとに、津波の高さが15.7メートルに達するという計算結果がまとまり、元幹部は当時の心境を、「正直驚いた。以前から『高くなる』とは聞いていたが、10メートルは超えないだろうと思っていた」と供述していました。
 そのうえで、武藤元副社長が専門家に検討を委ねるとして、事実上、津波対策を保留するよう指示したことについて、「当時は、新潟県中越沖地震の影響で柏崎刈羽原発も停止し、会社の収支が悪化していた。さらに対策工事を行えば国や地元から福島第一原発の運転を停止するよう求められる可能性があった。
 さらなる収支の悪化だけでなく電力の安定供給にも影響が出ると思った。武藤元副社長の指示には私を含め反対する幹部はいなかった」と当時の状況を説明し、対策を保留した背景に経営が抱える事情があったことをうかがわせました。

日本原電との対応の違いも

 東京電力は、政府の長期評価に基づいて津波が最大15.7メートルに達すると計算しながら対策を保留していましたが、同じ太平洋側に原発を持つ日本原子力発電は、長期評価を基に想定した津波への対策を進めていたことがわかり、対応の違いが浮き彫りになりました。
 裁判で証言した日本原電の元社員によりますと、長期評価を基に茨城県にある東海第二原発に押し寄せる津波を計算したところ、最大12.2メートルの津波が襲い、敷地が浸水するおそれが明らかになったということです。
 そのため日本原電は、平成20年7月に東京電力が津波対策を保留したあとも、原子炉の冷却に必要な海水ポンプを囲む壁のかさ上げや原子炉建屋の扉への防水対策などを進めていました。また、対策を保留した東京電力の判断について元社員が、原発事故の後の捜査で東京地検の調べを受けた際、日本原電の社内で「こんな先延ばししていいのか、なんでこういう判断になるんだと述べた人もいた」と話していたことが明らかにされました。
 元社員は記憶が定かではないとしながらも、「言われてみればそうかもしれない」と答えていました。結果的に東海第二原発は、海水ポンプを守る壁のかさ上げなどによって、東日本大震災の津波を受けても原子炉の冷却が維持され、福島第一原発のような事故は免れました。
 裁判での証言を通して、同じ太平洋側に面した原発をもつ東京電力と日本原電の津波への対応の違いが浮き彫りになりました。

国の審査官も証言

 裁判には、原発事故の前に、当時の原子力安全・保安院で福島第一原発などの地震や津波対策の審査を担当していた審査官も証人として呼ばれました。
 国は、平成18年に、電力会社に対し地震や津波対策の見直しなどのいわゆる「バックチェック」を指示していました。この指示を受けて東京電力は、政府の地震調査研究推進本部が公表した長期評価に基づき津波が15.7メートルに達すると計算していましたが、専門家に検討を依頼するとして対策を保留していました。
 審査官は、「三陸沖から房総沖のどこでも巨大な津波を伴う地震が起きうる」という長期評価について当時の認識を問われると、「根拠となる論文もないため最新の知見とは言えず、すぐにバックチェックの審査に取り込むべきだという認識はなかった」と証言しました。
 一方、検察官役の指定弁護士から、長期評価が審査に反映される可能性がなかったのか改めて問われると、「新しい知見として取り入れられるかは専門家を交えた審議の中で時間をかけて決まっていくので審議してみないとわからない」と述べ、明言しませんでしたが、可能性は否定しませんでした。
 また、審査官が東京電力から15.7メートルの計算結果を知らされたのは、原発事故の4日前の平成23年3月7日だったということで、「長期評価にもとづくと、こういう数値が出るというのは考慮すべき知見として意識したこともなかったので、とまいどいがあった。感覚としてマヒしているというか、どう考えたらよいかわからなかった」と証言しました。

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