[2019_05_30_01]日本原子力産業の失策を救済するために市民にカネをせびること 中西氏の言う原子力の環境整備とは「規制を思いっきり緩めろ」「運用をいい加減にしろ」「原子力安全・保安院時代に戻せ」「市民は黙ってカネを出せ」(ハーバービジネスオンライン2019年5月30日)
 
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日本原子力産業の失策を救済するために市民にカネをせびること 中西氏の言う原子力の環境整備とは「規制を思いっきり緩めろ」「運用をいい加減にしろ」「原子力安全・保安院時代に戻せ」「市民は黙ってカネを出せ」

耳の痛い質問からは逃げた4・8経団連中西会長会見

 4・8経団連会長中西宏明氏の会見を解説してきたシリーズも第7回。今回が最終回となり、4回に分けて解説してきた質疑応答部分の4回目です。

⇒【画像】経団連中西会長会見の様子

 文字おこしは、ハーバービジネスオンライン編集部が行い、著者が記者会見を視聴の上で校閲しています。質問者の名前などについては聞き取れる範囲で起こしているだけなので伏せることとします。
 再掲となりますが、会見映像と資料はこちらとなります。なお、動画や図版については配信先によってはリンクが機能しなかったり、正常に表示されない場合もございますので、その場合は本サイトでご確認ください。

▼“提言「日本を支える電力システムを再構築する」に関する中西会長会見(2019年4月8日) ・ YouTube” (会見本体)
▼“中西会長定例会見(2019年4月8日) ・ YouTube” (質疑応答)
▼日本を支える電力システムを再構築する ― Society 5.0実現に向けた電力政策 ― 2019年4月16日 一般社団法人 日本経済団体連合会
・記者会見資料(リーフレット)
・概要(梗概)
・本文

 また、年頭会見については、会見映像が公開されていませんが、報道映像はこちらになります。
“「原発存続には一般公開の議論すべき」 経団連会長(19/01/01) ・ YouTube” ANN

経団連中西会長記者会見 質疑応答 文字おこし(4/4)

質問7.
記者:毎日新聞のSです。本日の提言に沿う形になるかはわかりませんが、関連で伺い致します。先週の2日ですけれども政府の有識者懇談会で長期成長戦略に関する提言がまとまりました。その懇談会の中で、中西会長もメーカーの一人として議論に参加されたと理解しておりますが、その上で、今回の提言についてどのように受け止められたかということと、今回の経団連の提言を長期成長戦略とどのように整合して進めていくかということに言及いただければと思います。
回答7.
中西会長(以下、中西):まずあのうパリスアグリーメント(パリ協定)に対応する長期戦略ということで、大変珍しい事例ですけれども、経済産業省と環境省と外務省が3省共同で主催された懇談会ということで何回か議論を重ねた上で提言をまとめたということでございますが、その提言の表現は別にして、裏側に流れている事実認識と、その中で私が提言に繰り入れるれるべきと何回もご提案し、事実そういう反映していると思うんですが、それと今回の私ども提言とは全く機を一つにするものだと思っています。

 あそこでもまず最初の議論というのはですね、まあ日本政府のやり方っていうのはターゲットっていうのを決めて、そこからマイルストーンを落として、そして年度別は予算を割振ってくるっていう、計画の立案しかしてないので、それに見通しがないことは国際的にも公約できないっていう前提に立っているんですね。
 ところが、パリ条約(これは誤り、パリ協定)というのは80%のCO2エミッション、とまで減らすというすごいコミットメントが、あれコミットメントっていうかどうかなんですけど、ゴールがあるということに対して、そのターゲット方式だったら何も外側に言えなくなっちゃうねーって。それでもって日本の発言力が、いつもこれ発言じゃなくて弁解じゃないかと、という風にとらえられている現実を踏まえると、色んな手を尽くしてそれをやっていきますっていう宣言をすることが非常に重要であるということをあの提言に、懇談会の提言としてまとめていただくことができた、まとめの中に、私も参加してそういう方向を追求していきたいと。
 同じなんです。要するにああいうターゲット、ゴールに、まあ、地球規模で気候変動を捉えてそれに対して日本が大きな挑戦をしているんだっていうことを考えるとまあ今も現実はこうです、そこに対してどうやってそのゴールに近づけるかという議論をまさにみんなの知恵と時間とお金を使ってやろうじゃないか。こういう提案なんですね。
 訴えられる相手が違いますから表現は全く違いますけど、同じ考え方、同じベースをしてここまで持ってきているとこういう提言にしている。そういうふうに思っております。

質問8.
記者:朝日新聞の(座長制止)先程あの、原子力の環境整備 っていうのはどういうのをさされているのかっていうのをちょっと併せてお聞きしたいんですが。
回答8.
中西:今のままじゃあ片付きませんよねっていう、そういうことを書いてあります。

質問9.
記者:具体的には例えばこういう制度っていうのは?
回答9.
中西:いや、それは読んでください。そっからご質問ください

ヒノマルゲンパツPA唯一の拠り所、「パリ協定」

 まず、毎日新聞の記者が質問した質問7.です。
“中西会長もメーカーの一人として議論に参加されたと理解しておりますが、その上で、今回の提言についてどのように受け止められたかということと、今回の経団連の提言を長期成長戦略とどのように整合して進めていくかということに言及いただければと思います。”
 これは、平たく言えば地球温暖化対策会議パリ協定(2016年に締結)への日本の対応指針を示します。もはや唯一残った原子力発電の存続理由といえます。
 回答7.で、中西氏は水を得た魚のように生き生きと語り始めます。
“パリスアグリーメント(パリ協定)に対応する長期戦略ということで、大変珍しい事例ですけれども、経済産業省と環境省と外務省が3省共同で主催された懇談会ということで何回か議論を重ねた上で提言をまとめた”
 パリ協定では、2030年までに2013年比で温室効果ガスを26%削減することが求められています。誤解が多いですが、この協定に罰則事項はありません。この点で米中離脱を引き起こし実質的に失敗に終わっていた京都議定書と根本的に異なります。
 懐かしの排出権取引は市場が完全に崩壊*し、無意味となりましたので歯牙にもかけられていません。かつては利殖にと電気屋さんなどでプレゼントとされることも多く、無意味な紙くずとなった排出権が手元にある方もけっこういると思います。パリ協定は、かつての京都議定書時代に比べるとかなり現実的な内容となっており、結果として中国と合衆国が率先して署名しています。但し、合衆国は翌年、脱退しました。これは、野心的な内容ながら中国と合衆国が加わらなかったり、野心的な合意を模索した結果合意に至らなかったりした過去の経験や、排出権取引市場の破綻など野心的に過ぎる協定は意味が無く、むしろ日本のようなムーンショットに走り、福島核災害のような全人類的な巨大公害災害を起こす輩も出てくるなど、有害無益であると言うことを学習した結果と考えられます。
<*参照:“実質的に崩壊した排出権取引 ・ OurWorld 日本語” 2012年09月25日 フィオナ・ ハーヴェイ The Guardian (国連大学ウェブマガジンより)>

 パリ協定は、少なくとも2030年までは十分に達成可能な内容です。それより先は、今後改定されてゆきますし、そもそも25年、30年先の目標は、その間の情勢変化で吹っ飛んでしまうものです。好例が福島核災害と原子力ルネッサンスの崩壊、そして新・化石資源革命と再生可能エネ革命です。京都議定書当時(1997年)には予想だにされなかった現実です。京都議定書からパリ協定までの僅か19年で世界は激変していたのです。なお、福島核災害によって全人類に核公害をまき散らすこととなった原子力ルネッサンスは、その原点が京都議定書にあることは紛れもない事実で、このことには猛省をせねばなりません。
 しかし日本では相変わらずヒノマルゲンパツPAの唯一と言って良いよりどころとなっています。
“その中で私が提言に繰り入れるれるべきと何回もご提案し、事実そういう反映していると思うんですが、それと今回の私ども提言とは全く機を一つにするものだと思っています。”
 これは応答だけでは何を言っているのか分かりませんが、提言書の本文にめまいがするようなゴミ構想の羅列が見られます。1980年頃からのNEDO国家プロジェクトの失敗の山が一度は消えたのですが、またぞろ復活勢揃いです。
“パリ条約(これは誤り、パリ協定)というのは80%のCO2エミッション、とまで減らすというすごいコミットメントが、あれコミットメントっていうかどうかなんですけど、ゴールがある”
 まず大切なことですが、パリ協定は中西氏がなぜか冒頭英語で呼称しましたが、Paris Agreementであって、協定(合意)です。条約=Treatyとは異なります。中西氏がわざわざ英語呼称しながら、日本語では誤ったのかは理解できません。また中西氏は、パリ協定では温暖化ガス排出を80%削減せねばならないとおどろおどろしいことを言いますが、これは2050年までの目標です。今から31年後になりますが、反対に今から31年前と言えば1988年、昭和63年です。日本はバブル景気に湧き、一方で昭和天皇が病臥していたときです。このときに計画された国家事業のほとんど(すべて)は大失敗の後に消え失せています。とくに原子力、エネルギー関連は莫大な浪費と失敗と核事故・核災害、核公害でてんこ盛りです。
 従って、2030年はともかく、2050年に向けてた過大な目標設定で実現不能且つ弊害の大きな計画を立てる意味がありません。実は、この2050年のほぼSFと言って良い計画がエネルギー基本計画の誇大妄想と言って良い原子力発電の目標設定の唯一の理由となっています。エネルギー源としてはコスト、安全性、信頼性、安定性という点からは、もはや正当性がまったくありません。

議論と称した結論ありきの詐術

 なお、2030年の2013年比26%と言う目標は達成できるのでしょうか。それは十分可能です。不幸なことに安倍政権における偽装経済成長、現実には長期リセッション(景気後退)については、統計操作や市場操作によって荒れ果てている金融関連の統計、市場ではなくエネルギー消費量や温暖化ガス排出統計が日本経済の一貫した縮小傾向を示しています*。この様に別統計によって真の値を見極める方法は、ブレジネフ末期以降のソ連邦経済を分析する際に用いられた手法です。35年ほど昔には、世界でも最も優れた正確な統計を残しているとされていた日本は、今では偽装粉飾や抹消が横行し、旧ソ連邦最悪期よりも著しく劣った状況にあります。まるで日中戦争、第二次世界大戦中の日本です。
<*参照リンク:全国地球温暖化防止活動推進センター>

 京都議定書では日本にとくに不利な基準年1990年が設定されていましたが、パリ協定では2013年比26%減を2030年までにですので、天然ガス火力(新・化石資源革命)と風力を主力に太陽光を加えたもの、更に陸上輸送のうち鉄道の電気化、自動車のEV化や高効率化、船舶の天然ガス化など、現在進められている常識的な対策で十分に対応できると思われます。
 むしろエネルギーコストを激増させ、市民からお金を巻き上げるだけの核燃料サイクルや水素(きわめて効率の悪い、原子力の余剰エネルギー貯蔵手段)のような全く無意味なものを国策として強行することにより経済を破滅させることでより大幅な温暖化ガス排出減を実現するというのでしょうか。
“それでもって日本の発言力が、いつもこれ発言じゃなくて弁解じゃないかと、という風にとらえられている現実を踏まえると、色んな手を尽くしてそれをやっていきますっていう宣言をすることが非常に重要である”
 要は、京都議定書で見栄を張って無茶な目標設定したら当然のごとく日本は未達成で、罰則は無いものの、外交交渉の場で頭が上がらず言い訳ばかりさせられて、格好つける場がないという無能な外務官僚と政治業者の承認欲求に過ぎません。
 そのようなゴミに市民が犠牲になったり、ポンコツ原子炉を無理に操業したり核燃料サイクルという誇大妄想の代物に何十兆円も市民のお金と税金を湯水のごとくつぎ込む理由にはなりません。誇大な目標設定をしたのなら、役人と政治家は相手の靴を嘗め続けるのが仕事です。

“議論をまさにみんなの知恵と時間とお金を使ってやろうじゃないか。”

 これは、議論と称して結論は最初からすでに決まっているペテンのようなものです。市民が相手にする必要はありません。

 役人と政治業者は失敗した外交の場では相手の靴を嘗め続ければ良いですし、駄目実業家はさっさと退場すれば良いのです。失敗した連中の見栄のために無意味なお金と犠牲を市民が提供する必要は全くありません。

2030年パリ協定達成に原発に固執する必要はない

 2030年にパリ協定の目標を達成できるかと言えば、新・化石資源革命と再生可能エネ革命の二本だてで十分可能です。
 更に言えば、1980年頃からの一貫した少子化対策への無為無策と利権化による人類史上類を見ない急速な少子高齢化と人口減少によって日本のエネルギー消費は今後急速に細ります。2050年には2010年比三割減の1億人割れは確実です。人口動態はだけは正確に未来予測ができる唯一の指標です。
 根本的な政策転換として明治・大正以来の棄民政策という国是からの脱却がなければ、社会は縮小し続け、今世紀末には確実に人口五千万人を割ります。人が居なくなれば経済も縮小しますし、エネルギー消費も加速度的に細りますので、2050年に2013年比80%の温暖化ガス排出削減は無理でしょうが、今世紀中には達成できるでしょう。
 そもそも、罰則規定が無いとはいえ無理な目標設定であれば、遠くない将来、協定が崩壊するか、見直されます。
<参照リンク: 日経XTECH>]

都合の悪い質問からは逃げた中西会長

 ここで突然司会が質疑の打ち切りを宣言します。市民の代行者として知る権利を代行するメディアの会見でこのような横柄な態度は極めて野蛮で下劣です。それにも屈せずに朝日新聞社の記者が質問しました。

”質問8.
記者:あの、原子力の環境整備 っていうのはどういうのをさされているのかっていうのをちょっと併せてお聞きしたいんですが。
回答8.
中西:今のままじゃあ片付きませんよねっていう、そういうことを書いてあります。”

 極めて不誠実な回答です。朝日新聞の記者は「原子力の環境整備」という、曖昧模糊とした意味のない説明をより具体的にするように求めています。それに対して”今のままじゃあ片付きませんよねっていう、そういうことを書いてあります。”という回答は極めて不誠実です。

 はっきり指摘しましょう。
 中西氏の言う原子力の環境整備とは、「規制を思いっきり緩めろ」、「運用をいい加減にしろ」、「原子力安全・保安院時代に戻せ」、「市民は黙ってカネを出せ」です。
 これまでの結果は福島核災害です。
 更に記者は食い下がります。

”質問9.
記者:具体的には例えばこういう制度っていうのは?
回答9.
中西:いや、それは読んでください。そっからご質問ください。

 結局逃げました。いつもの中西氏の手口です。議論を求めながら、想定質問には饒舌に答え、時間を浪費する。嫌な質問には答えない。時間切れに持ち込んで逃げる。まるで安倍晋三氏です。
 この方には議論をする意思も能力もありません。中西氏が読めと言った冊子ですが、中身は極めてくだらないものです。そして朝日新聞の記者がした質問への答えはありません。そもそも、読んでから質問しろというのならば、会見の前日始業時間までに文書を公開するのが筋です。また、そうでなくても何時答えるからそれまでに読んでくださいと伝えるのが筋でしょう。
 逃げる中西無責任です。
 近年の日本の劣化と衰えを安倍晋三氏とともに体現するのが中西宏明氏といえます。総理大臣と財界総理、どちらも碌なものでないと言うことです。
 中西氏は、会見中で平然と原子炉の運転年数を80年にすると主張していますが、日本では福島核災害の反省から、極めて例外的に20年延長を一回だけ特例として認めています。要するに40年を60年に延長し、その先はないのです。
 その実力の無さによって国際原子炉市場からつまみ出された日立など日本の原子炉メーカーは、市場を失い風前の灯火です。そこで、恫喝型ヒノマルゲンパツPAを駆使して市民を脅し、“まず法律からっていう姿勢はちょっとやめましょうよって”言うことによって原子力規制行政を事実上、福島核災害前に戻そうとしています。
 原子力は規制の上に成り立つ産業です。中西氏の様に、「今だけ、カネだけ、自分だけ」という破廉恥な事業者は原子力産業に存在する資格がありません。福島核災害は、中西氏の様な卑劣で無能な人物が跋扈(ばっこ)することにより生じたのです。

改めて振り返る提言の「レベルの低さ」

 今回の中西提言ですが、その本文は極めてくだらない、常敗無勝エネルギー政策の幕の内弁当と、福島核災害前の原子力規制行政への憧憬の集合体です。ペテンと詐術と嘘がぎっしり詰まっており、読むに堪えない愚劣な文書です。
 この中で、水素社会という代物がありますので、これだけを取り上げて少しだけ説明します。
「水素エネルギー」「水素社会」この言葉を見かけた、聞いたことのある方は多いと思います。「水素はロケット燃料として最高だから優れたエネルギー資源だ」、「水素は完全に無害だ、燃やしても水しか出ない」、「水素は温暖化対策の決め手だ」、「日本は海に囲まれている、水素は水の電気分解で生まれるから国産エネルギーだ」などという謳い文句を見たこともあると思います。実際、中西提言にも見られます。
 これらはすべて嘘です。真っ赤な嘘です。役人は、嘘と知って嘘を宣伝しています。政治業者は嘘を見抜けず嘘を宣伝しています。実業家は、私利私欲のために嘘をそのまま宣伝します
 まず、水素はエネルギーではありません。エネルギーの運搬・変換媒体です。「水素エネルギー」と言う言葉自体が嘘です。
 水素分子そのものは軽すぎて大気中にとどまれませんので宇宙に拡散してしまいます。従って水素は資源として採掘できません。水素は、天然ガスなどの化石資源に熱などのエネルギーを加えることによって製造します。水から水素を製造するのはエネルギー効率が極めて悪いため、水素の原料は天然ガスや石油、石炭といった化石資源です。
 合衆国などの産油国では、水素は石油精製の副産物として余っています。そのため、合衆国の産油州の一部では水素インフラの整備が行われています。
 日本の場合は、石油精製や製鉄で生じる水素は微々たる量でエネルギー資源にはなりません。そのため、日本では天然ガスや石油製品に何らかのエネルギー=電気や熱を投入することで水素を製造します。はっきり言えば石油や天然ガスはそのまま燃やした方が遙かにましで、完全に無意味です。電気はそのまま送電して使えば良いです。
<*参照リンク:高温ガス炉研究開発センター>

 実は日本における水素製造は原子力の余剰熱や高温ガス炉の熱を消費するためのものと想定されています。原子炉の場合化石資源から水素を製造することは体面が悪いためか力任せに水を分解します。極めて効率が悪いですが、力業です。尤も、使い切れないほどの過剰なエネルギーを発生し、そのエネルギーを使わないと原子炉が壊れてしまうのが原子力の特徴ですので、極めて低効率であっても力業で行うことは全く誤りというわけでもありません。
 もっとも、やはりわざわざ水素を製造するくらいなら、発電した方が遙かにましであることは変わりません。
<*参照リンク:高温ガス炉研究開発センター>

 なお、水素の原料として水は極めて非効率で、天然ガスや、石油製品、石炭などが効率よい言うことは大学で学ぶエンタルピー(熱含量)と言う概念が必要になります。しかし、高校化学で学ぶ「生成熱と結合エネルギー」でも説明が可能ですので、高校化学の教科書か参考書をご参照ください。
 次に、水素は運ぶのが面倒です。電力ならば既存の送電網でどこにでも自由に運べます。しかし、水素は新たにパイプラインを作り、さらに圧搾水素をシリンダー(ボンベのこと)に詰め替えねばなりません。水素は金属に入り込み(水素吸蔵)、金属を脆くしますので、パイプラインは特別あつらえになります。広域水素パイプラインはそのために実用化は遙か先の時代です。ボンベに圧搾するときには大きなエネルギーを消費し、そのエネルギーは熱として消費されます。高校理科で断熱圧縮を具体例として学んだ事とおもいます。
 これは極めて効率が悪いため、所謂「水素ステーション」には別の方法で輸送されます。石油由来化学物質であるトルエンやナフタレンを水素化し、それをタンクローリーで運びます。水素を取り出して元のトルエンやナフタレンが発生しますが、それは帰りのタンクローリーが持ち帰ります。
 大量のトルエンやナフタレンは有害ですし、爆発物質です。水素化すれば更に不安定となります。ガソリンや軽油を運べば良いだけです。帰りは空荷ですので燃費は少し良くなります。都市部でしたら、CNG(天然ガス)動力車でも良いでしょう。
 無意味な迂回をして極めて効率が悪いのが「水素社会」です。それは、原子力ルネッサンスで示されたように、原子力の付随物であり、妄想の産物でしかありません。

「水素社会」という幻想

 また水素は熱量が小さいです。単位体積当たりの熱量は、ただでさえ熱量不足でプロパンに劣る天然ガスの1/3未満です。実際、マツダのRX-8に水素エンジン車がありましたが、水素運転時はエンジン出力がガソリン時の半分未満となりました(ガソリン駆動250PS 水素駆動100PS))。搭載燃料の量問題で航続距離もガソリン駆動時549kmが、水素駆動時は100kmとなりました。これは電気自動車(EV)並に酷い数値です。
 液体でも水素の熱量は、天然ガスの半分以下、ガソリンの1/3以下です。
 液体、気体燃料を貯蔵、輸送するときにはタンクの容積で輸送量、貯蔵量が決まりますし、燃焼時も流量(体積)で決まります。
<参照リンク:エネルギー総合工学研究所>

 では、ロケット燃料としてはどうでしょうか。ロケットの場合、燃料ごとエンジンの推力で持ち上げ、推進しますので、できるだけ軽い燃料であることが求められます。そのためロケットの場合は単位質量当たりの熱量で評価します。
 単位質量当たり水素は、ガソリンや軽油の三倍程度の熱量を持ちます。従って、ロケット燃料の場合は特異的に水素がずば抜けて優れた燃料となります。これは比推力という概念なのですが、残念ながら一般にはロケットだけに該当する話です。
 そもそも水素を限られた容積に搭載するには液化が必須で、それは-252.8℃以下となります。ロケット以外では到底実用化の意味がありません。

<参照リンク:エネルギー総合工学研究所>

 まとめますと、こうなります。
1) 水素はエネルギーではない。「水素エネルギー」は、極めて不適切な詐欺的造語である。
2) 水素は、エネルギーの変換、輸送媒体となるが、効率が悪い。
3) 水素は、水の電気分解では製造しない。工業的に極めて非効率で実用可能性は全くない。
4) 水素は、天然ガスや石油、石炭と言った化石資源に、火力発電や原子力発電による電力や熱を加えて製造する。
5) 水素は、トルエンやナフタレンと言った石油由来化合物を水素化することによってタンクローリーなどで輸送する。水素を取り出したあとのトルエンなどはタンクローリーで工場に戻す。そのため輸送効率がたいへんに悪い。
6) 水素を気体で輸送するには特殊なパイプラインを新たに開発する必要がある。また、末端ではシリンダー(ボンベに)圧搾水素として注入するため、大きなエネルギー損失が生じる。またシリンダーが重く、輸送時の損失が大きい。
7) 水素は、燃料としては熱量がたいへんに小さく、きわめて使いにくい。
8) 水素は、ロケット燃料としては優れている。
9) 水素製造は化石資源由来であっても効率が悪いが、原子力ルネッサンスでは、高温ガス炉の余剰熱を用いて水から水素を製造するという極めて効率の悪い力業が提案されている。
10) 「水素エネルギー」はサンシャイン計画、ムーンライト計画、ニューサンシャイン計画と言った大失敗に終わった国策事業の常連であり、ニューサンシャイン計画取りやめによりひっそりと消えるはずだった。
11) 原子力ルネッサンスにより「水素エネルギー」は復活した。
12) 「水素エネルギー」の正体は効率の悪い化石燃料の利用か、効率の悪い原子力の利用である。
13) 岩谷産業が福島核災害後に、原子力礼賛意見広告*を出したが、この企業は、国策水素エネルギー事業参加企業である**。原子力ルネッサンス崩壊によって、水素事業はサンクコスト(回収不能費用)の塊と化しており、様々な企業があらゆる手で資金回収のための扇動(ヒノマルゲンパツPA)や税金へのたかり行為を行っている。
<*参照:「電力危機が招く経済的、社会的影響は深刻です」「日本のエネルギー制作における電力の役割は重要」岩谷産業右株式会社社長 牧野 明次 意見広告(一面)読売新聞関西版2012/06/05>
<**参照:エネルギーが変わる、水素が変える 水素エネルギーハンドブック iwatani>

 要するに、「水素エネルギー」というものは、昭和初期(1928年頃)の風刺画にある成金がお金を燃やして履き物を探す明かりとする「どうだ 明るくなったろう」そのものであるといえます。中学高校の社会科教科書で誰もが見たことのある絵です。
<参照リンク: 香川県HP>

企業の自業自得を市民のカネで救済することを要求する提言

 この一例だけでも中西提言に含まれる事業は、とんでもない代物で、福島核災害により吹き飛んだ原子力ルネッサンスに関わりサンクコスト(埋没費用)の処理ができずに困っている企業の自業自得を、市民のお金で救済するものに過ぎません。
 常敗無勝の日本エネルギー国策ですが、それに財界総理も深く関与しているという衝撃の事実がここにあります。
 さて、4/8の中西提言について、これまで7回に分けて解説してきました。余りに酷い代物で、私は執筆しながらめまいがしました。この中西提言本文は、余りにも酷い代物で解説する価値がたいへんに高いのですが、中西提言ばかり分析していても仕方ありませんので、今回はここまでにします。
 4/8中西記者会見は、日本の常敗無勝の日本エネルギー国策とそれによる市民の犠牲を見事に表したものでした。このようなことが横行する限り、日本は永久に敗者であり、大規模核災害や核公害の脅威にさらされ続けます。
 中西氏は、労働問題他様々な日本の抱える懸案事項について、日本の破壊者、略奪者、収奪者として深く関与しています。今後も厳しく見守ることで、また機会があれば発言の紹介と解説を行います。
 また、今回の中西提言本文は、余りにも程度が悪く酷いものですので、機会があればご紹介と解説ができればと思います。

『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』第4シリーズPA編V原子力産業・圧力団体による宣伝・政策活動・6

<取材・文・撮影/牧田寛 Twitter ID:@BB45_Colorado photo by Nuclear Regulatory Commission via flickr (CC BY 2.0)>
まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中

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