[2021_03_08_02]福島原発事故から10年、遠い「廃炉」への道のり(東洋経済オンライン2021年3月8日)
 
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福島原発事故から10年、遠い「廃炉」への道のり

 2月28日、東京電力ホールディングスは、福島第一原子力発電所の3号機の建屋内にある使用済み燃料プールからの燃料取り出し作業を終えた。
 10年前の事故で水素爆発を起こした3号機には、566体の使用済み燃料が保管されていた。準備作業を含めると、実に約7年4カ月の時間をかけて、すべての燃料の搬出を終えた。
 使用済み燃料の取り出しの際、機器のトラブルも相次ぎ、当初の計画より数年遅れた。それでも破損した3号機のプールから別の建物内のプールに使用済み燃料を移したことで、危険は大きく軽減した。3号機のプール内の水が抜けて燃料がむき出しになり、放射性物質が飛散するおそれはなくなった。東電は今後、事故を起こした1、2号機を含む4基の使用済み燃料プールからの燃料取り出しを進めていく。
り出しを進めていく。

■困難なデブリの取り出し

 水素爆発で原子炉建屋が大破した1号機では、がれき撤去に時間がかかっている。水素爆発を免れた2号機では、建屋内の高い放射線量が作業の行く手を阻む。いずれも難しい作業だが、2031年内に完了させる計画だ。
 福島第一原発では現在、使用済み燃料の取り出し作業と並行して、はるかに難しい作業にも取り掛かろうとしている。メルトダウン(炉心溶融)によって生じた、原子炉圧力容器から溶け落ちた核燃料「燃料デブリ」の取り出しだ。
 2021年中に予定されていた2号機の燃料デブリの試験的な取り出しは、イギリスで進められている格納容器内部に挿入するアーム型ロボットの開発が遅れており、2022年以降への延期が決まった。一方、国や東電は現地での新型コロナウイルス感染症の拡大によって原発事故から約30〜40年後までに廃炉を完了する方針を見直していない。
 国や東電は「中長期ロードマップ」と呼ばれる計画の中で、燃料デブリの取り出し作業の道筋を定めている。しかし、このロードマップ通りに取り出しが進むと考える専門家は多くない。むしろ、「やみくもに燃料デブリの取り出しを進めようとしても、途中で行き詰まる」(日本原子力学会・福島第一原子力発電所廃炉検討委員会の宮野廣委員長)という懸念すら持たれている。
 市民グループ「原子力市民委員会」で「燃料デブリの長期遮蔽管理方式」を提唱する元プラント技術者の筒井哲郎氏と元原子力技術者の滝谷紘一氏は、「危険性の高い燃料デブリ取り出しには手を付けるべきではない」と指摘する。

■燃料デブリの取り出しは2号機から

 取り出しそのものは容認する宮野氏と、長期にわたって見合わせるべきだという筒井氏や滝谷氏では考え方に根本的な違いがある。だが、すべての燃料デブリを急いで取り出そうとする国や東電の姿勢に疑問を投げかけているという点では共通している。
 国や東電の計画では、これまでの調査で燃料デブリの状態について比較的多くの情報を得られた2号機から取り出しに着手する。
 現在計画されている試験的な取り出しでは、既存の作業用の貫通孔からアーム型のロボットを挿入して数グラムの燃料デブリを取り出す。そして、硬さや成分などを分析し、本格的な取り出しのための知見とする。
 その後の本格的な取り出しは、貫通孔を広げ、そこから原子炉格納容器の内部に頑丈なロボットを入れたうえで、先端に装着した装置で切削して多量の燃料デブリを取り出す。
 しかし、その作業は困難を極めそうだ。燃料デブリは圧力容器の内部にあった金属製の構造物や格納容器底部のコンクリートなどと混ざりあい、固まっているとみられる。その量は2号機だけで推定約237トン。1〜3号機の合計では約880トンあるとされ、核燃料の元の重量の数倍にのぼる。
 これまでの解析や測定データを元にした評価によれば、津波による電源喪失により冷却不能となったことで、核燃料は2000度を上回る温度になり、溶けて炉心(圧力容器)を突き破った。そして、「ペデスタル」(圧力容器を支えるコンクリート製の台座)の内側にその多くが落下していると推定されている。さらに、その一部が作業用の穴からペデスタル外部にまで漏れ出しているとみられているが、その実態はよくわかっていない。
 2号機では格納容器の損傷箇所が、比較的低い場所にあるとみられる。このため、燃料デブリ冷却用の水を注入しているにもかかわらず、注入した水はトーラス室に流れ込み、格納容器底部の水位は30センチ程度しかない。
 損傷箇所の止水が難しいことなどを理由に、現時点では格納容器に水を張ったうえで燃料デブリを水中で切削する「冠水工法」は採用せず、代わりに「気中工法」と呼ばれる手法が検討されている。しかし、気中工法は、燃料デブリの切削時に放射性物質を含んだ粉塵が飛散し、格納容器の外に漏れ出す恐れがある。
 宮野氏は、燃料デブリのうち、コンクリートと混ざり合って非常に硬い状態になっているものは、「飛散リスクも考えると、最優先で手を付ける必要はない。燃料の密度の濃い、炉心に残っている燃料デブリの取り出しが最も重要だ」と指摘する。

■今慌てて作業を進める必要はない

 これに対し、筒井氏や滝谷氏は、現在のように水をかけて燃料デブリを冷却し続けるやり方を見直し、「空冷方式」にすべきだと指摘する。この方式だと、放射能汚染水の発生も抑制できるという。
 両氏が公表した提言では、燃料デブリの発熱量や現在の温度を推定したうえで、「再び溶融する温度に到達する可能性は乏しい」と推測。現在の安定状態を維持するほうが、切削などの手を加えて危険性を高めるよりも得策だと提言する。「放射能や崩壊熱は100年単位で大きく減衰することから、今慌てて作業を進めるべきでない」(筒井氏)という。
 さらに、事故で建屋や格納容器が破損し、経年劣化が進んでいることから、建屋外部に厚さ1〜2メートルのコンクリート製の外構シールドを設け、建屋を囲う方策を提唱する。
 東電は「廃炉中長期実行プラン2020」と題した計画を2020年3月に公表した。そこでは2号機からの燃料デブリ取り出しと、3号機での準備作業や設備の設置などに約1兆3700億円が必要だとしている。それに対して、筒井氏らが提唱する長期遮蔽管理方式では、外構シールドの建設に要する費用は1500億円程度にとどまるとしている。
 ただ、筒井氏らの提案は、2016年に国が「石棺方式」として言及し、福島県知事らからの強い抗議を受けて中長期ロードマップの改訂に際して削除した方式と、燃料デブリを元々の位置で長期保管する点では共通している。地元を含めた議論や検証を必要とすることは言うまでもない。
 国や東電が掲げる中長期ロードマップの問題点は、現実味が乏しく、コストがかかるうえ、リスクも大きいとみられる点にある。廃炉を終えた後の敷地の姿については何も言及していない。いわゆる廃炉の「エンドステート」(最終形)がはっきりしていない。
 エンドステートについては、国や東電と地元自治体や住民など関係者との議論を通じてそのあり方が定まっていくべきものだが、何の議論もないままに、燃料デブリ取り出しというリスクの高い作業が先行しようとしている。
 廃炉作業全体をどのような時間軸で考えるかも重要だ。国や東電は廃炉作業を30〜40年で終えるとしている。
 日本原子力学会の報告書によれば、燃料デブリ取り出し後の原子炉施設に存在する機器や構造物の解体撤去について、即時解体する場合と一定の期間を置いて解体する場合とを比べた場合、一定の期間を置いて解体したほうが廃棄物の発生量が大幅に少なくて済む。というのも、時間を費やすことで放射能の減衰が想定されるためだ。
衰が想定されるためだ。

■最終形を見据えて再議論を

 また、施設を全部撤去するよりも、機器や地下構造物の一部を施設内に残したほうが、放射性廃棄物の発生量を抑えることができると提言している。
 原子力学会が提案するような検証もなしに、エンドステートを定めないまま廃炉作業を進める国や東電のやり方は、コストやリスクを見えにくくする。賢いやり方だとは思えない。
 燃料デブリは放射性廃棄物なのか、それとも再処理して燃料として再利用すべきものなのかについても考えが定まっていない。そのため、燃料デブリの将来の扱いもはっきりしていない。
 最初の中長期ロードマップが定められたのは原発事故が起きた年である2011年12月。その後、5度改訂されたものの、廃炉を30〜40年でやり遂げる目標自体は変わっていない。最近では「復興と廃炉の両立」という掛け声が強まり、30〜40年という期間の妥当性について議論すること自体がタブーになっている。
 しかし、きちんとした目標設定や工程の検証なしに進めても行き詰まりは避けられない。事故から10年を迎えた現在、試験的取り出しのタイミングが先送りされたことをむしろ好機ととらえ、取り組みの妥当性を検証する必要がある。
岡田 広行 :東洋経済 解説部コラムニスト
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