[2021_07_08_06]核のごみ処分「世界最大の地下実験室」行ってみた 中国、砂漠行き交う重機【動画】(西日本新聞2021年7月8日)
 
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核のごみ処分「世界最大の地下実験室」行ってみた 中国、砂漠行き交う重機【動画】

 シルクロードの要衝として栄えた中国甘粛省の都市、敦煌から北東へ約200キロ。車は荒野に真っすぐ延びた道路をひたすら進む。ゴビ砂漠の縁にある村を出て約10分。スマートフォンの画面から電波受信を示すアンテナマークが消えた。
 この先はスマホの衛星利用測位システム(GPS)と、地図アプリに取り込んだ衛星画像が頼りだ。地元住民によると、目的地に着くには「砂漠を車で2時間半走り、途中から石が転がる未舗装の道を進むことになる」という。
 目指すのは、同省酒泉市の北山地区にある「世界最大の地下実験室」。中国の原子力政策を担う国家原子能機構が6月、原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場整備のため、建設を始めたと発表した研究施設だ。「トイレなきマンション」と呼ばれる原発。米国、フランスに次ぐ世界第3位の原発大国・中国は核のごみをどこに運び、対処しようとしているのか。
 荒野には数百基の巨大な風力発電機が林立し、道路沿いの送電線がどこまでも延びる。強風で電線がビュンビュンと不協和音を奏でる。やがて景色が岩山に変わった。しばらく進むと「漢武大道」という大きな石碑があった。紀元前、漢の武帝が遊牧騎馬民族・匈奴を破ってこの地を支配した記念碑だろうか。その先は未舗装で、重機やダンプカーのわだちがあるだけだ。
 通りかかった大型トラックの運転手に声を掛けると「向こうに大量のセメントを使う工事現場がある」と教えてくれた。研究所への道路を造っているようだ。砂利の山に囲まれた谷があり、車両が行き交う。
 岩盤をダイナマイトで爆破する現場を抜けると、いきなり近代的なビルが姿を現した。赤い中国国旗が翻っている。クリーム色の建物の壁に「北山地下実験室」と書かれていた。

核のごみ200年分受け入れも

 荒涼とした砂利や岩の山に囲まれた谷を重機がひっきりなしに往来する。ゴビ砂漠の奥地、中国甘粛省酒泉市粛北モンゴル族自治県の北山地区で建設が進む研究施設「北山地下実験室」。原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場整備に向け、運営するのは国有企業「中国核工業集団」傘下の北京地質研究院だ。
 工期は7年間で、総工費は27億2313万元(約463億円)に上る。施設の耐用年数は50年間で、らせん状のスロープと3本の立て坑の地下トンネル(総延長約13キロ)や試験場、宿舎などを建造する。
 試験場は地下280メートルと560メートル付近に設けて、花こう岩層の安定性や処分場の構造、放射性物質の移動について実験する。問題がなければ2050年までに周辺で最終処分場を稼働させる。処分場は最長で200年間分の核のごみを受け入れるとの情報もある。
 習近平指導部は30年を目標に、世界の原子力産業界で大きな影響力を持つ「原発強国」を目指す。中国本土では欧米から導入した原発を中心に50基が稼働しており、さらに20基を建設中(6月現在)。1月には、中国が独自開発したとされる新型原発「華竜1号」の商業運転が始まった。国産原発の建設を加速させ、海外にも輸出する構えだ。

課題は沿岸部からどう運ぶか

 中国は、原発から出る使用済み核燃料の保管状況の詳細を明かしていない。1990年代から稼働する広東省の原発では「敷地内の使用済み燃料プールは既に満杯」との報道もある。新しい原発は巨大なプールを備えているが、一部では、使用済み核燃料を金属容器の中で冷やす「乾式貯蔵」で保管中という。
 原発を使う国々が頭を悩ます「核のごみ」の行き先。中でも高レベル放射性廃棄物は万年単位で貯蔵する必要があり、各国で試行錯誤が続く。日本では昨年、北海道の2町村が最終処分場の候補地に名乗りを上げ、論議を呼んでいる。
 中国政府は、日本より早い80年代半ばから最終処分場の候補地選定を始めた。日本と同様に使用済み核燃料を再処理し、再利用できない放射能レベルの高い廃液をガラス固化体にして地中深くに埋める方針とされる。ただ「再処理や地層処分の情報はほとんど公開されていない」と日中経済協力会北京事務所の真田晃・電力室長は指摘する。
 関係者によると、新疆ウイグル自治区など六つの候補地から、降水量や地殻変動が少ない北山地区が最有力視され、試掘を含む集中調査が行われてきた。中国の原発は沿海部に集中しており、最終処分場が北山地区に完成した場合、危険な核のごみをどうやって運ぶかが課題になる。北京の電力関係者は「中国全土に整備された鉄道網を使えばリスクは低い」と語った。

最終処分場計画「知らない」

 10年前の東京電力福島第1原発事故後、中国の人々にも放射能汚染への恐怖心が広がった。2016年に江蘇省連雲港市で再処理工場建設の計画が浮上した際は住民が猛反発し、凍結に追い込まれた。
 その苦い経験が念頭にあるのか。北山地下実験室を造る北京地質研究院の幹部は昨年、「建設過程で地元の民族資源や文化資源と科学技術を組み合わせ、観光地化する」という構想を明かした。迷惑施設の整備に見返りを用意する手法は日本と同じかもしれない。
 既定路線のように見える最終処分場計画。だが、住民への説明は追い付いていないようだ。「核のごみの処分場? 知らない。こんな所を観光地にできるわけがない」。羊を放牧する住民は素っ気なく答えた。 (甘粛省酒泉で坂本信博)

処分地決定は北欧2カ国だけ

 原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)は、数万年以上にわたって人間界から遠ざける必要がある。日本を含む各国では、地中に埋める地層処分の適地選びが続くが、安全性への不信も根強い。中国のように具体的な立地にめどがついている国は少なく、最終処分先を決められないまま原発を運転している。
 世界で最も多く原発を抱える米国では、核実験場がある西部ネバダ州・ネバダ砂漠のユッカマウンテンが有力候補に挙がり、原発の安全性を監督する政府の独立機関、原子力規制委員会(NRC)の最終的な安全審査を待つまでにこぎ着けていたが、住民の根強い反対を受け、2009年に発足したオバマ政権が白紙に戻した。
 欧州最大の原発保有国フランスは、東部ビュール地区の地下研究施設の近くで30年頃の最終処分場稼働を目指しており、調査を続けている。
 ドイツ政府は11年6月に先進7カ国(G7)で初めて脱原発を閣議決定。既に11基が運転を止め、電力各社が解体を担うことになっているが、最終処分場の設置先は決まっていない。

 処分地が決まっているのは北欧の2カ国だけだ。

 フィンランドでは20年代の操業開始を目指して、南西部オルキルオト島で世界初の最終処分場「オンカロ」の建設が進んでいる。
 隣国スウェーデンでは昨年10月、首都ストックホルムの約120キロ北にある自治体エストハンマルの議会が、最終処分場の建設計画受け入れを決議。外側の厚さが約5センチの銅製容器に核のごみを入れ、地下約500メートルに埋めて10万年以上保管する計画で、30年以降の稼働を目指すという。
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