[2025_08_14_02]福井県・水月湖が、なんとGoogle検索で3億件超ヒットの「異常事態」…始まった大注目の壮大研究。その中身 山根一眞 福井県年縞博物館特別館長(現代ビジネス2025年8月14日)
 
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福井県・水月湖が、なんとGoogle検索で3億件超ヒットの「異常事態」…始まった大注目の壮大研究。その中身 山根一眞 福井県年縞博物館特別館長

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 「暴れる気候」と水月湖年縞掘削(1)

 湖底に眠る7万年分のお宝

 2025年6月、水月湖で日本、世界の「気候変動」を探る研究のための湖底掘削作業が始まった。その研究課題名は『「暴れる気候」と人類の過去・現在・未来』。
 水月湖は、北陸新幹線の終発着駅、敦賀からクルマで西へ約30分、福井県三方上中郡若狭町にある。日本海に接して連なる5つの湖、三方五湖(ラムサール条約登録地・若狭湾国定公園)のうち最大の湖が水月湖(汽水湖)で、周囲9.6km。三方五湖は実に美しい場所だが、東京など他地域では水月湖も含めてほとんど知られていない。
 「水月湖」を知ろうとする人は「Google検索」で調べるはずなので、私も試みに検索してみたのは2025年7月11日だった。
 な、何だ、これは!
 「水月湖」の検索件数:約3億2300万件
 読み間違いかと目をこらして見たが間違いなく約3億2300万件だ。
 福井県の小さな湖でこんなことがあるのか?
 そこで、比較のため日本の他の有名な湖をいくつか検索したところ、富士五湖・約1160万件、山中湖・約499万件、琵琶湖・約1210万件、摩周湖・約127万件。琵琶湖ですら水月湖の27分の1にすぎないのだ。

 水月湖の何がこれほどの検索数を弾き出したのか?
 実は、17日後の7月28日に同じ検索をしてたところ、さらに増えて「3億5900万件」がヒットした。この間、2億件超の日もあれば3億件超の日もあるなど、「億」のオーダーでの「乱高下」状態で、正気の沙汰ではない。
 これが何を物語るのかを知るには、ヒットした全ページを調べる必要があるが3億5900万件…。そのチェックに要する時間は、1件1分、不眠不休でも調べ終えるのは683年後なので現実的ではない。
 しかし、断定はできないが、水月湖での「11年ぶりの掘削」がその数字を弾き出していることは間違いなさそうだ。

 7万個のタイムカプセル

 水月湖は最大水深が34mだが、その湖底下には泥の堆積層が最深部の岩盤層まで最大で100mも続いている(かつての山が沈降してできた湖ゆえ岩盤層は起伏があるので、堆積層の最長が約100m)。この堆積層の上部約45mには、薄い縞々がある泥の地層が続いている。縞の1枚は約0.7mm。この0.7mmは1年かけて積もったもので、45mでは約7万年分になる。この縞々を「年縞(ねんこう)」と呼ぶ。

 1年分、0.7mmの薄い年縞一枚には春夏秋冬の遺物、黄砂、鉄の炭酸塩(菱鉄鉱)、珪藻(単細胞真核藻類)、その他のプランクトンの化石、鉱物質(侵食土)、さらに噴火による火山灰や木の葉の化石、そして花粉が含まれている。

 水月湖の年縞は7万年分が1年の欠けもなく連続しているので、最上部から縞々を数えればすべての縞の年代がわかる(2006年の掘削では4年かけてその縞の勘定が行われた)。たとえば、上から3万3673番目の縞は3万3673年前なので、その縞にある遺物を調べると3万3673年前にはどんな事件(自然現象)があったかがわかるのだ。
 ちなみに、通常、湖底は魚類や甲殻類など生物が撹乱するので堆積層がきれいに保存されることはない。しかし水月湖は、水深十数メートルより下は酸素がほとんど供給されないため生物が生息できない環境が続いてきた。なぜか。
 水月湖には流入する川がないため洪水などによる水の撹拌がごくわずかで、さらに山で囲まれているため強風による湖水の撹拌、酸素供給が小さかったこともある。このため十数メートルより下の湖水は生物が生息できず硫化水素の臭いがしている。その状態が7万年続いたことで、そっとそっと1年に0.7mmの年縞が積もることができたのである。これが、「奇跡の湖」と言われるゆえんなのである。
 アフリカで誕生した現生人類、ホモサピエンスがアフリカを出て世界への拡散を本格化したのは約7万年前なので、水月湖の年縞は私のルーツでもあるホモサピエンスがたどってきた7万年のできごとを実に1年刻みで教えてくれるのである。

 水月湖には1年刻みの7万個のタイムカプセルが「1年の欠けもなく」保存されていることになるが、それは世界でも水月湖だけなので、水月湖は「奇跡の湖」と呼ばれ、「Lake Suigetsu」は世界の歴史学、考古学、地質学の研究者ではよく知られている。

 年代のモノサシのズレ

 というのも、水月湖の年縞の縞々は、いわば7万年の目盛りがついた「モノサシ」で、それぞれの目盛りに対応する放射性炭素同位体(炭素14)の値が調べられたことで、歴史学、考古学、地質学に必須である世界標準の「年代決定のモノサシ」(IntCal)をより正確にする貢献をしてきたからだ(放射性同位体年代測定法:炭素14〈半減期5730年〉の残存量から何年前かがわかる)。
 考古学出土品で、かつての放射性同位体年代測定法で記載されていた年代が、水月湖の年縞データが採用されたIntCalというモノサシによって年代が大きく修正されたケースも数多い。これが水月湖年縞の歴史学、考古学、地質学への貢献なのである。
 とはいえ、「水月湖」の検索件数、約3億件超は、その世界貢献ゆえだけではないだろう。というのも、6月22日からこの水月湖で11年ぶりとなる年縞掘削が行われマスコミが殺到、1日も途切れることなくVIPやゲストの視察が続いてきたからだ(掘削は8月上旬に完了)。
 科学的な試料として有用な途切れのない7万年分の年縞は、中川毅さん(当時、英国、ニューカッスル大学在職、現・立命館大学古気候学研究センター長)のチームによって達成され、2014年には福井県年縞博物館(2018年9月オープン、福井県若狭町鳥浜)に展示する目的で再度年縞掘削が行われている。

 そして今回、2025年夏の掘削は、かつてない壮大な構想の研究プロジェクト、『「暴れる気候」と人類の過去・現在・未来』の一環として行われた(日本学術振興会、2014年度の科学研究費助成事業、研究期間・2024〜2028年度)。

 花粉は過去を知る寒暖計

 では、年縞がなぜ「気候」を解くことにつながるのか。
 それは、水月湖の年縞には「年代決定のモノサシ」と並ぶもう一つのお宝が詰まっているからだ。金銀財宝を掘り出すわけではない。年縞にはそれ以上の価値があるお宝、肉眼では見えないおよそ30μm、1mmの30分の1前後の微粒子、「花粉」というお宝が含まれているからだ。
 花粉の表面はスポロポレニンという壊れにくい高分子有機物(バイオプラスチックとも呼ばれる)で覆われているため保存性が高く、数万年後でもその形からどんな植物由来かを知ることができる。

 年縞の一つの縞に含まれている花粉が亜寒帯に生育する植物由来であれば、当時の気候は東北地方北部から北海道の気候で寒かったことがわかる。亜熱帯植物由来であれば沖縄や小笠原諸島の気候で当時は温暖だったことを物語る。中川さんは、この花粉を手がかりに古気候を調べてきた研究者なのである。

 中川さんは全国の森林地帯で多種多様な花粉を集め続けており、頭の中には気候帯別のさまざまな花粉の「形」がリストされている。そのため年縞から取り出した花粉を顕微鏡で見ると、即、その植物が特定できる。その識別は130種以上におよぶと聞いている。中川さんは、その年縞の花粉分析をもとに、古気候の姿を正確な年代で描いてきたのである。
 『暴れる気候』プロジェクトは、その花粉による古気候学研究を大きく発展させ、世界に向けた大胆なシナリオを描こうとしている。
 このプロジェクトのための年縞(通称「SG25」)掘削が開始した2025年の夏はかつてない激暑で、夏も涼しいはずの北海道では7月24日に北見市で39度C(観測史上1位)となり、後、各地で40度C超の熱暑が続出、8月5日には群馬県伊勢崎市で国内史上最高気温41.8度Cを記録した。また、7月は雨が少なく異常渇水で「コメが枯れ始めている」と言われ始めた矢先、8月上旬には北陸地方の一部や鹿児島県では観測史上最大の大雨が見舞った。まさに「暴れる気候」だ。
 この十数年、毎年のように「異常気象」が報じられてきたが、それが一時的なものなのか、今後も続くのか、なぜそんなことが起こっているのか、ニュースでは的を射た「解」は伝えられないままだ。
 「生命に危険をおよぼす暑さ」「命を守るための対策を」など、高い気温が人々の生命を脅かすぞという警鐘を日々耳にすることなどかつてなかった。誰もが、さらに危険が増大するのかという不安を覚えている。
 私が初めて水月湖の年縞掘削現場を取材した2014年には、その取材をするマスコミの姿はほとんどなかった。だが今回は、掘削開始とともにマスコミが殺到するなど『暴れる気候』プロジェクトへの関心はことさら高かった。Googleの検索数が型破りだったのは、暑さの厳しさが大きかったこともあるかなと思う。

 1万7000年ぶりの危機

 では、『「暴れる気候」と人類の過去・現在・未来』はどのようなプロジェクトなのか。中川さんはいわば総合プロデューサーとして6つの班からなる学際分野の研究者グループを立ち上げたが、それぞれが目指すゴールが多種多様であることもあり全体像を捉えるのは容易ではない。

*このページから見た方:google検索、衝撃の3億件…『「暴れる気候」と人類の過去・現在・未来』プロジェクトの関心の高さについては、こちらのページからお読みください。

 各班の研究者が顔を揃えてこのプロジェクトを初めて公開、語ったのは2014年8月(東京)だったが、その記者会見はわずか1時間にすぎなかった。

 一方、この会見で配布された報道資料はびっしりと小さな文字で埋め尽くされた50ページと分厚く、科学分野での会見では前例がない情報量で(新書版1冊分の文字量)、年縞研究や気候変動の基礎知識なしには読みこなすのは大変で、実際、この壮大なプロジェクトを詳細に伝える記事やテレビ報道は少なかった。

 中川さんが書いた資料には、こういう怖い記述があった。

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の報告書は、地球温暖化によって「極端気象」の頻度が上昇し、異常気象がもはや「異常」でなくなってしまう可能性について、強い響告を発している。
 もしIPCCが警告するように、現在の地球温暖化が気候を「暴れる」モードに押し出しつつあるのだとすれば、人類はじつに1万1700年ぶりの危機に瀕していることになる。

 私は2018年、年縞博物館の開館時に特別館長を任じられ博物館と年縞研究の理解促進を務めとしてきたが、Google検索3億件超を弾き出した(であろう)『「暴れる気候」と人類の過去・現在・未来』をわかりやすく伝えねばという思いが大きくなり、久々に中川さんに長時間のインタビューを行うことにした。
 私が初めて英国の大学から一時帰国した中川さんに会い取材、英国に帰国した中川さんと130通におよぶメールのやりとりをもとに旧『日経ビジネス(オンライン)』(日経BP社)に年縞研究を紹介する記事を書いたのは2013年だったので、じっくりと聞くのは12年ぶりかもしれない。
 『日経ビジネス』の連載コラムは前例がない長い記事となり、これも前例がない6回連載になったが、反響は大きかった(現在もネット上で閲読可能、リンクは記事末尾に掲載)。
 この記事がきっかけとなり、私は中学生の教科書に「年縞研究」を執筆、入学試験に「年縞」が出題されるまでになった。中川さんにはぜひ本を書いてほしいと願い、『人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか』(2017年、講談社・ブルーバックス)の出版も実現できた(同書は講談社科学出版賞を受賞)。

【「年縞」を読み解いた在英日本人研究者(『日経ビジネス』全6回)】

第1回 日本の「水湖」が世界の歴史のものさしに!(2013年8月20日)
第2回 日英で表彰、「水月湖」に世界から熱い視線(2013年8月22日)
第3回 いよいよ水月湖を掘削へ、研究者たちの貧しく暑い夏(2013年9月12日)
第4回 7万年分の「地球の記録」を引き揚げる(2013年9月20日)
第5回「サイエンス」誌が異例の記者会見を開く(2013年9月27日)
第6回 20年越しのジャパニーズ・ドリームを実現!(2013年10月1日)
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